2003.5.6
 
Editorial (環境と健康Vol.16 No. 2より)
ハイパーサーミアの市民講座雑感

菅原 努
 

 

 今年の2月15日(土)に大阪で毎日健康サロン・市民公開講座「がん治療最前線〜ハイパーサーミア(がんの温熱療法)とは」を行ないました。その内容は毎日新聞の3月16日(日)に紹介されましたので、それを新聞社の了解を得て本誌のトピックスに転載させて頂きました。ここではそれに基調講演ならびにパネリストとして参加した立場からの感想を思いつくままに記したいと思います。

 先ず定員450名のところへ倍近くの申し込みがあり、多くの方にお断りをしなければならなかったということです。これはがん治療について如何に多くの方が、今の治療に不満を持っているか、ということを示しているのではないでしょうか。勿論これは一般市民向けの講座ですが、それでは治療に当たる医師の方々はハイパーサーミアとはどんなものかをご存知なのでしょうか。この問題は後で論じることにして、もうすこし一般の方のことを考えてみましょう。毎日新聞では講座への参加申し込みと同時に質問を受け付けました。それに267通の質問が寄せられました。その中には温熱療法ではなくがん治療一般についてのものも少なからずありましたが、これらを整理してパネル討論を通じて丁寧に答えるようにしました。それにしても、質問者のなかにはがん患者またはその家族と考えられる方が少なくなく、一体その主治医は十分納得の行く説明をしているのだろうかと疑問を持ちました。今のがん治療に不安や不満を持っていてそれに飽き足らずアガリスクその他の民間療法に頼る患者さんが多いことは事実でしょう。私達は科学的に立証され健康保険でも承認され、さらに従来の「がんの治療は副作用との闘い」とは全く異なり副作用がなく、繰り返し使える新しい治療としてハイパーサーミアをお勧めしているのです。

 こんどの公開講座を通じて痛感したことは、上にも書きましたが医師の無理解、不勉強、患者への思いやりの不足です。これは一部のハイパーサーミアを一時試みられた医師の方にも言えます。確かにハイパーサーミアはある放射線療法との併用で始まりました。その為その適応を極めて限定されたものとしか考えていない方が少なくないようです。しかし最近次々といろんな新しい可能性が示されつつあり、原理的には殆どのがん治療に併用してその効果を高めうるものです。例えば今問題のイレッサと併用してすばらしい効果をあげたという臨床報告もあります。しかも温熱療法そのものは副作用がなく殆どの患者に適用可能です。ところが私のメイルに入る質問では、殆どの患者さんが温熱療法について医師からあんなものは駄目だと頭から否定されているのです。

 最近医師と患者との間ではインフォームドコンセントと言う事が言われています。しかし今のところ医師に要求されるのは自分の知っている、または出来る治療法の比較説明だけで、ハイパーサーミアについて説明しなくても問題になりません。最近NHKテレビでセカンドオピニヨンについての議論がありましたが、それでも総ての治療法が説明される保証はありません。保険適応されているがん治療法のなかに、がんの温熱療法は入っているのにこれを説明しなくて医師としての責任を果たしたと言えるのでしょうか。

 私達も医師教育の重要性を十分認識し、それに積極的に取り組む必要を痛感しています。NHKのセカンドオピニヨンの説明にも、アメリカでは医師向けは勿論患者向けにも、治療法の解説書が出来ているから、それらを参考にする事も一つの方法であるということでした。しかし残念ながらアメリカでは、我々と平行してハイパーサーミアの開発に取り組みましたが、未だ一般的になるところまで完成していません。従ってアメリカの一般向け解説書にはハイパーサーミアは出てきません。この点我が国の方が遥かに進んでいるのです。

 このために私達は専門家、医師を対象にしてハイパーサーミアの可能性についての国際的なコンセンサスを目指して、来年6月に日本で国際会議を開催するべく今着々とその準備を進めているところです。ここでの一番大きな問題は、ハイパーサーミア(温熱)という物理現象を患者に適用することをどのように考えるかということです。欧米ではこれを単に物理現象の利用の一つと考えます。即ち物理的な技術がすべてです。でも私達は物理的技術を医療者と患者とが共同して活用するアート(日本的に言えば一つの職人芸)と思っています。この違い、文化的な考え方の違いを何処まで互いに理解し合えるかが決め手ではないかと思っています。