2007.5.1

 
 
科学の前線散策
 
 
5. ご馳走をたらふく食べながら長生きする方法

菅 原  努


 

 

 健康な長寿のための科学として昨年の12月の「八十路のつぶやき」に“腹八分目の科学”というのを書きました。その要旨は次のようなことです。

 最近アンチエイジングと言っていろいろな提案がなされていますが、動物実験ではっきりと寿命の延長が見られるのは1935年に McKay らが示したカロリー制限だけです。これは栄養素を保ったまま餌のカロリーを普通食の30%減程度に減らすものです。酵母、線虫、ハエ、マウス、ラット、最近ではサルも研究されています。人ではまだ十分ではありませんが、かなり希望の持てるデータが得られつつあります。ということでカロリー制限食を続けた人たちの検査成績などを論じました。

 でもそんな空腹を我慢するなど耐えられないと言う人も少なくないでしょう。そこでご馳走を食べながら、同じように長生きできる妙薬はないものか、という探求が進んでいます。これはその一例です。

 赤ワインに含まれているレスベラトロール Resveratrol はかねてからフランチパラドックス(フランス人はご馳走を食べているのに他のヨーロッパ人より心筋梗塞が少ないという矛盾)の理由に挙げられています。今度これを続けて摂ることでカロリー制限をしたのと同様の延命効果が得られるという実験結果が報告されました。これを主張する Harvard Medical School の David Sinclair は自分も3年間これを飲み続けているそうです。

 実験は1年令のマウスを3群に分け、普通食(A)、高カロリー食(B)、高カロリー食+レスベラトロール(C)を1年余にわたって食べさせました。体重はB、C群でほぼ同様に増えましたが、死亡率は60週からB群でのみ急速に増えだしA、C群では違いませんでした。これらのマウスについて血液の種々のバイオマーカーや遺伝子発現が比較されました。その結果分ったことはレスベラトロールがカロリー過剰の生理状態を、正常に戻すと考えられるということです。

 でも皆さん喜んではいけません。一杯のワインに含まれるレスベラトロールの量はこのマウスに与えられたものの僅かに0.3%に過ぎません。大量のしかも長期の投与の場合のレスベラトロールの毒性はまだまだ調べられていませんし、こんなに大量はとてもワインで楽しむどころではありません。