2006.12.1
 
八十路のつぶやき
 
菅 原  努
  43. 腹八分目の科学
 

 

 私たちの財団(慢性疾患・リハビリテイション研究振興財団)では、国際的な活動の手始めとして支援者の名前を掲げた門田国際フォーラムというのを2年前から隔年に開催することにしています。2004年にはハイパーサーミア(がん温熱療法)を取り上げましたが、今年は食に関した話題ということで、京大農学研究科の大東 肇教授を中心に食品の機能について、愛知県犬山市で国際的な視野で論じてもらいました。

 食成分の機能とそれに人の健康にたいする影響がこの会議の主題ですが、その紹介は専門家に任せるとして、私には大変興味のある、しかしそこに居た食品の専門家には余り関心のない話題が一つありました。それは人についてのカロリー制限の効果に関する話です。栄養素を保ちながら摂取カロリーを30%くらい制限すると、ネズミの寿命が伸びることが始めて示されたのは1935年のマッケイ(McKay)らの実験です。それ以来沢山の実験が魚や昆虫、線虫など殆どの生物で同じような効果が見られ、最近米国ではサルについての実験が進行中です。ネズミでは単に寿命延長だけでなく放射線のような発ガン作用のあるものを受けた後にカロリー制限をしても、その発がん性を抑える効果があることが示されています。ただ残された問題は人でどの程度のカロリー制限をすれば同じような効果が得られるかどうかが、よく分らないということです。数年前にカロリー制限をしたサルで見られる医学的な検査成績が長寿者のそれに似ているという報告があり。大いに期待がもたれましたが、人での証拠が期待されていました。 

 其処で私が注目したのはアメリカのモンタナ博士の「カロリー制限は長寿の鍵になりうるか」という発表でした。アメリカはカロリー制限適正栄養協会というのがあるようで、その会員28名(CR)について、それと同じような年齢で普通のヨーロッパ食の人(WD)、長距離ランニングをしている人(EX)といろいろの測定をして比較したものです。平均年齢は何れも52歳、身長も175cm前後で差はありません。ただ平均一日カロリー摂取量は当然ながらkcalでCR:1779、WD:2433、EX:2811と明らかな差があります。また身体計測指数BMIは、それぞれ19.7、26.0、22.2です。スライドから細かいデータを読取れませんでしたが、いろいろな検査性成績や血管の状態がCR群で飛びぬけてよいのです。私は公開の席ではとても質問できないので、休憩時間に個人的に話をしてみました。

私:「あなたの仕事は人についてはじめてカロリー制限の効果を示したと思うが、それで正しいか?」

博士:「正にその通りだ」

私:「素晴らしい成果を得られておめでとう」

博士:「ありがとう。後で論文などを送りましょう」

 未だ例数も少ないし、年齢別などの細かい条件を調べるように研究を拡げる必要がありますが、どうやらカロリー制限は人でも動物と同じように有効なようです。昔から言われている「腹八分目に医者要らず」にも、いよいよ科学的な裏つけができたようです。このところ遅ればせながら腹八分目を心がけている私には嬉しい情報を聞いたと喜びを胸に犬山を後にしました。当日の発表は殆ど未公開のものでしたので、上に示した数値は後でもらった既発表の論文から引用しました。ただしカロリー制限と言うからには、このデータから見ると腹八分目をもう一つ頑張って腹七分目にするべきかも知れません。

 このような会議では講演の内容も大事ですが、活発な討論が欠かせません。85歳になる私にはそれを聞きながら自分の年齢による衰えをつくづくと感じさされたのです。講演はスライドを読みながら何とか理解できても、討論は全く聞き取れないのです。2004年の同じ会議のときと比べて、この2年間の違いがいやほど感じられました。これでは来年早々に招待を受けているインドやギプロスでの会議などとても行けたものではないと実感しました。

 

 BMI:現在、体格の指標には様々なものがあるが、簡便で体脂肪との相関を想定できる指数としてBMI(body mass index=体重kg/身長m2)が使われることが多い。日本肥満学会の定義ではBMI25以上を肥満と判定している。(国民衛生の動向より)

 

 

 
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