2009.9.1
 
八十路のつぶやき
 
菅 原  努
  76. 2 つの窓口
 

 

 歳をとって動きも悪く耳も遠くなって電話もうまく活用できない者にとっては、何か問題があるときに親切な窓口がどんなに助けになるか、本当に有難いものです。

 8 月になって毎月の主治医の診察を受けるべく病院へ老人ホームの車で送ってもらいました。窓口でいつものように診察券と保険証(正確には後期高齢者医療保険者証)を出したのです。ところが驚いたことに窓口の女性から「これはもう期限が切れています。新しい保険証をもらってきて下さい。」と言って保険証を返されました。確かによくみると保険証の期限は平成 21 年 7 月 31 日となっています。そこで診察を済ませて老人ホームに戻ってから、その受付で「こんなことがあったが、どうしたらよいでしょう」と相談してみました。そうしたら即座に答えがあって

 「他にも住民票を其の侭にしている方があって、新しい保険証が届かないと言っておられました。それはきっと留守宅に配達されて不在なので、区役所に戻っていますよ。区役所に確かめてあげましょうか。」
 「はあ、お願いします。」
 「ちょっと待ってください。今電話してみますから。・・・・・・やっぱり貴方の保険証は区役所に戻っているそうです。取りにいかれるのは大変でしょうから、委任状を書いていただけたら、代行しますよ。」
 「それは有難い。是非お願いします。」
 「では、この委任状にサインして下さい。」
 「はい、・・・・ではよろしくお願いします。」

 こうして保険証は後日同じ窓口で手にすることが出来、病院には次の受診のときに本物を持参すればよいという話もつけてもらいました。これで一件落着でほっとしました。

* * * * * * * 

 それから数日して某大手銀行の京都の支店の窓口を訪ねました。9 月に入院して外科手術を受けることになったので、病院の近くで入院料を用意できるようその銀行のキャッシュカードを作りたいと思ったのです。

 先ず聞かされたのは、キャッシュカードで一日に落とせるのは 50 万円だということです。手術付きの入院料が 50 万円までならよろしいが、それを越したら一度に支払えないことになります。これでは退院早々の老人が手近なところでお金を用意しようとした意図を満たす事が出来ません。確かに振込み詐欺を防ぐために限度をもうけるというのは一案かもしれませんが、それでは私のような行動の制限された老人は一体どうすれば良いのですか。高齢社会と言いながらこんな老人無視でよいのですか。

 この窓口ではさらに不愉快な議論が続きます。

 「出来た新しいカードを今生活している老人ホームに送ってもらえませんか」
 「それは出来ません。お届けの住所に簡易書留で送ります」
 「私達は、家内が認知症、私が入院をひかえた病人のため、住民票はそのままにして住まいを閉めて老人ホームに居るのです。簡易書留で送られたら、受取り人不在で郵便局に戻ってしまうでしょう。それでは私が受け取れません。是非私の指定する老人ホームに送って下さい」
 「それならば、口座の住所を変更してください」
 「そんなことをすれば後でいろいろ問題が生じるのではないですか。」
 「そんなことはありません。何も問題は生じません。」
 「いや、私はそう簡単にはいかないと思いますよ。住所変更には応じられません。」
(例えば次回銀行を訪れたときに、私の身分を証明する保険証などの住所は住民票の通りで、老人ホームではありません。しかし口座の住所は老人ホームです。これで銀行の窓口は認めることができるのでしょうか?)
 この間、私の疑問の度ごとに、受付嬢は奥の方の上司に問い合わせていました。
 「では仕方がない私が此処へもう一度取りに来るというのではどうでしょう」
 「一寸待ってください。検討して来ます」
 大分待たされた後に彼女が戻ってきて「何か別に貴方を証明するものをお持ちでないですか?」
 「そう、パスポートは期限がきれているし、免許証は返上したし。そう唯一つこれでよければ身障者手帖があります。これには顔写真もついています」

 これでやっと OK になって、


キャッシュカードお渡しのご案内
期  限: 平成 21 年 8 月 25 日から口座開設日の 1 ケ月後まで
必要書類: お届けのご印鑑
  その他:顔写真付本人確認資料


と書いた書類をもらった時はもう 1 時間をはるかに越えていました。しかもこの必要書類という「顔写真付き本人確認資料」なるものは、政府も地方の役所も一般には交付していません。申請してもらえるような住民票にも写真はありません。普通使うパスポートも運転免許証も老人は持っていないのが一般的です。銀行はこんなものを要求する権利があるのでしょうか。老人無視のこの社会に憤慨しながら、足が重くまたタクシーを使ってホームに戻りました。

 戻って考えると、初めの老人ホームでの親切な対応になれて、どこの社会も同じ様に応じてくれると思ったのが誤りだったのか。それにしても今我が国は高齢社会であると言いながら、高齢者はなんと無視されているのだろうと嘆かざるをえませんでした。

 

 

 
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