2009.5.1
 
八十路のつぶやき
 
菅 原  努
  72. 尺八を聴く
 

 

 難聴で音楽など聴けないと言っている私が尺八を聴いた話をするのはどうゆうことか、と不審に思われることでしょう。ところがこの難聴の私にはいろんな音楽を雑音としてしか聴こえなかったのが、ある機会に尺八のすぐれた演奏を聴いて、今まで感じたことのない新しい聴覚現象を経験したのです。そこでもう少し具体的なお話をしましょう。

 4 月 11 日(土)の夕方、私の昔からの永い付き合いの仲間が集まる「あとむの会」の年に一度の総会が大阪のホテルで開催されました。私は前に「反骨の人生(八十路のつぶやき:2007 年 2 月)」に書いたように学者としては珍しく若いときにいろんな職場を転々としたので、そこでいろんな方々と知り合いになったのです。その人たちと年に一度は旧交を温めようではないかと言って始めたのがこの「あとむの会」です。「あとむ」とは私の名前の努の愛称トムと一時有名だった鉄腕アトムにからんでつけたものです。

 さてその会で、今年は私が米寿を迎えたということで、いろいろとお祝いをしていただきました。そのなかで千葉の山本五郎氏が彼の尺八を聴かせてくれました。彼は私が三島の遺伝学研究所に在職しているときに近くの伊豆逓信病院に勤務していて、私のところの研究生になって医学博士の学位をとられた、という縁があります。その後、生まれ故郷の千葉県に戻られて医師として活躍しておられます。尺八の方も本格的で、伺うところでは、学生時代から尺八をたしなんでおられたのが昭和 44 年に正式に都山流に入門され、初傳、中傳、****と進み、平成 10 年 10 月には遂に師範免許を取得されておられる尺八の名手です。

 私達が聴かせて頂いたのは、頒和楽という流祖中尾都山作曲の雅楽調の祝典曲で、現在を寿ぎ将来の栄光を内蔵した本曲の奥伝曲だそうです。私にはとてもそのような曲の深みも華やかさも聞き取れませんでしたが、ただその澄み切った響きが右の耳と左の耳とに交互に入ってくるのに驚いたのです。ピーという高い音は右の、プーというやや低い音は左の耳に響きます。そうすると曲が進むにつれて音が右、左とゆれて頭の中を駆け巡るのです。今までテレビでの歌謡曲や CD の洋楽を聴いても、全く曲として聞き取れないだけでなく、ただ雑音のように左右の耳から一様に入ってくるだけでした。

 その後一週間ほど後に孫娘がその仲間と催す木管5重奏のコンサートに出かけました。勿論音楽を楽しめないことは予め承知の上ですが、孫がどんなことをしているか、にぎやかしを兼ねて覗きに行った訳です。でも前の尺八の経験があるので、日本の管楽器の尺八と西洋の管楽器とで比較してみようと頭を澄ませてみました。そうすると尺八の場合ほど明確ではありませんが、この場合も音が幾らか左右の耳で異なるようで、頭の中を音が動き回るのが分かりました。

 どうやら、これは私の左右の耳の周波数別の聴力が補聴器を含めて左右でバランスが崩れていること、を意味しているようです。それが尺八で顕著だったのは、この尺八が優れて音が澄み切っていたからではないか、と思います。管楽器の音は打楽器や弦楽器と違って、振動が単波長の正弦波に近いのでしょうか。さてこの私の経験を何方にぶつけてみたらよいものやら、思案に暮れています。ご意見があったらお聞かせ下さい。

 

 

 
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