2009.2.1
 
八十路のつぶやき
 
菅 原  努
  69. 夢見る老人
 

 

 私もこの 2 月でとうとう米寿になりました。最近は米寿を越えてお元気な方が沢山居られますが、私には二重の意味で嬉しいのです。先ず自分の肉親では唯一母方の曾祖母が 94 歳で亡くなりましたが、それ以外にはこの年まで生きたものはなく、私が初めてということです。二つ目は 88 歳というのは前から数えても後ろから数えても同じです。そういえば日本でもう一つ祝う喜寿も 77 歳で同じような形です。私にはこれが大変気にいっているのです。

 先日NHK の日曜日の番組で「先輩の出前授業」というので、先ず「夢」という字を黒板に書いて、生徒諸君に夢を語らせ、それを作文にさせる、のがありました。若いときに夢持ってそれを目指して頑張ろう、というのです。私はそれに大いに同感しました。私は自分の夢を追いかけて来たばかりに、職場も転々とし、家族には迷惑を掛けました。ところが残念ながらこの夢を見る性格は,いくつになっても衰えることがなく 88 歳の今になっても未だ新しい企画に胸を躍らせているのです。勿論それを自分がやりとおせるとは思っていませんが、誰かそれを引き継いでくれる人を探してでも実現に近づけたいと思うのです。

 その一つは京大放射線科の同窓会誌に書きました。「放射線医学には未だ新しい可能性がある」という題です。

 放射線医学の分野では診断装置もCT, MRI, PET と次々と進み、治療用装置も粒子線だけでなくX 線装置も格段の進歩をしています。皆さんそれへの対応でお忙しいようですが、未だ気づかれない可能性があるのです。何人かに話してみましたが、基礎的な検討もしてもらえません。そこでそれを私の初夢として語ってみようと思います。

 皆さんは空港で手荷物検査を受けられるでしょうが、その時に使われている透視装置が変わっているのに気づかれませんか。私の経験では少なくとも関空の国際線では装置が新しくなっていました。今までのX 透視図のほかにもう一つ画面があるのです。それはバックスキャッター装置といってアメリカで開発されたものです。今までのX 線透視では金属類が検出できますが、液体の爆発物や麻薬類は検出できません。それをバックスッキャッターするX 線の散乱線で検出するものです。これはコンプトン散乱なので、低原子番号のもので多く起こります。しかもそれが電子数に比例するので、低原子番号のものをよく区別できると考えられます。

 アメリカではこれを用いて人体背後から全身を走査して、ポケットに隠した金属探知機では見つけられない液体などを見つけるのに使っています。保健物理学会がその被曝量を測定して、使用可能であるとしています。もっと大規模にはトラックの荷台に隠れていた密入国の人を見つけるなどに使われているそうです。

 私はこの技術を生体の内部の軟部組織を見るのに使えないかと考えているのです。丁度核医学では自発的な放射線を検出するわけですが、こんどはそれを外から照射したX 線からの散乱線に置き換えようというわけです。ただしこのときに格段に解像力を上げる必要があります。それによって組織像をみようというのです。バイオプシーをする代わりに細いX 線ビームを照射します。そして調べたい組織からの散乱線を側方からピンホールカメラの原理で画像化するのです。どこまで拡大した像が作れるかはこれからの技術開発の努力によるでしょう。最近の高解像力カメラの技術を活用すれば、画像をさらに拡大することも可能なはずです。

 興味のある方はインターネットの検索エンジンで Backscatter X-ray Technology を検索してください。セキュリティー分野での著しい発展と、反対に医学分野での未発展に驚かれるでしょう。でもアイデイアだけは可なり早くから報告されています。

 もう一つはがん温熱療法を発展させてがん治療の新生面を開こうというものです。温熱療法は「がん細胞は熱に弱い」という原理で始まったものですが、これは 43 ℃以上の加温で証明されているものです。ところが実際に人体腫瘍をこの温度に加温するのは容易ではありません。実際の放射線や制がん剤などとの併用で効果を示しているのは 41 ℃程度の温度ではないかと推測されています。確かにこの温度でもこれらの治療法の効果を高めることが実験的に証明されています。でもこれらの治療法にはそれぞれの制約があります。温熱療法の患者にやさしい性質は残したまま、その効果を加温の容易な 41 ℃程度で得ることが出来れば、温熱療法はもっと一般的な治療法になりうるのではないか、と言うのが私の夢です。

 古いことですが 1980 年の当時の東ドイツのフォン・アルデンネというソ連の原子爆弾の開発に貢献してスターリン賞を受けた物理学者が、ドレスデンに研究所を作り、がん治療に新しい温熱療法を提案しました。それはその後東独やソ連で臨床応用が試みられ一定の成果を挙げました。しかし、この治療法は予めブドウ糖を患者に静脈注射して血糖値を上げ、腫瘍の酸性度を上げて温熱感受性を高めておいて、全身の 41 ℃ 程度の加温でがん治療をするものでした。高血糖と全身加温という危険性のために普及するに至りませんでした。でもその発想は極めてユニークなものと感心したことを覚えています。それからもう 30 年ほど経つわけですから、もう一度 43 ℃ で見られた効果を 41 ℃ でもみられるようにする方法は探してみる価値があると考えているのです。勿論加温は今行われている部位加温で。

 実はこれは、根気よく作用遺伝子を探して遂に iPS 細胞を見つけられた山中伸弥京大教授に、刺激されたものです。あればよいと思うものは兎に角探してみよう、という夢です。勿論その裏づけとなる若干の根拠はありますが。

 

 

 
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