2008.12.1
 
八十路のつぶやき
 
菅 原  努
  67. 欧米と日本の比較:がん治療の方向を考える
 

 

 平成 20 年もいよいよ終わりに近づき、何か今年一年を締めくくるとすれば、と考え最近気になっていた問題を取り上げることにしました。この欧米と日本との比較ですが、これは当然日本が追いつけ追い越せで永年努力した結果、ようやく追いついたと思っているようですが、私が引退した基礎医学者として送られてくる科学雑誌などを読んでいると、どうもそうではなさそうです。11 月に Nature の付録に「ゲノム研究の進展と診断への応用」という日本語のパンフレットが送られて来ました。勿論これはその関連の企業の寄付によるもので偏りがあると思われますが。そのなかにある大学教授の「ゲノム情報が生かされつつある、がんの診断と治療」という題の記事がありました。この教授の専門は新しい診断法の開発のようですが、治療についても書かれており、「完璧なテーラーメイド治療をめざして」と題して、

 “これまで欧米で約 40 種のがんの分子標的薬が上市されている。日本で認可されているのはそのうち約 10 種だが、最近になって残りの薬の認可が相次いでいる。(以下略)” と大きな期待を寄せて紹介されています。でも私は同じ Nature の 11 月 11 日号の社説が全く反対の立場で書かれていたことを思い出したのです。その要旨は;“分子標的薬は慢性骨髄性白血病に対する Gleevec は例外で、その他のがんは遥かに複雑でこのような魔法の弾丸は容易には見つからない。でも最近幾つか発表された膵臓がんやある脳腫瘍の多数の患者の遺伝子分析の結果は、発ガン経路に何か共通するものを見つける可能性に希望を持たせるものである。しかし、それは容易なことではないだろう。”

 といったものです。私はこの発ガン機構から分子標的を見つけるというやり方には疑問を持っていますが、少なくとも研究の方向はもはや個々の分子標的薬ではなく、発ガンの共通因子を見つけてそれを対象にしようという方向に変わっているようです。

 でも製薬企業は上の某教授の紹介のように、次々と分子標的薬を出してきています。これは製薬企業としては当然の方向ともいえますが、これに対するするどい批判が New Scientist の 10 月 25 日号の社説に出ました。それを要約すると次のようなことです。

  “1990 年半ばまでは、転移のある大腸がんにはフルオロウラシルが投与されそれで 8 ケ月の生存期間が 1 年に延長された。その後新薬が出来て生存期間は倍になったが、費用は 340 倍になった。それには新薬の開発に巨額の経費がいるということがある。しかし、それだけではなく薬の無駄使いもある。乳がんにたいするハーセプチンは HER2 という受容体が過剰発現している患者に有効であるが、米国での調査では 12 %の患者が適応のないままに投与されていた。このような状況を受けて英国で健康保険を担当している国民健康サービス(HNS)は保険としての認可に生存期間だけでなくその間の QOL(生活の質)を考慮することにした。そのため例えば新しい多発性骨髄腫の薬である Bortezomib(商品名バルケイド)が不採用になった。今後世界の経済事情を考慮すれば、薬価を今までのように製薬企業にまかせるのではなく、がんも糖尿病や高血圧のように慢性疾患として治療できるようにする安価な治療(薬)の開発にもっとお金を出すべきである。”

 残念ながら New Scientist の編集者もがん温熱療法について知識がないようですが、私がかねてから主張している「がんの出来る機構ではなく、出来たがんに共通する特性をこそ治療の目標にするべきである」を生かして、免疫と温熱とをたくみに組み合わせることで、がんを慢性疾患なみに治療することを目指すべきではないかと思うのです。がんは温熱に弱いことは周知のことで、これこそ狙うべき目標だと思います。ただそれには 43 ℃くらいの温熱が必要で、それは現実には必ずしも容易ではないので、さらにがん免疫をたくみに組み合わせることで、がん選択性を高めることが出来れば、理想的ではないでしょうか。これで我が国から世界が希望する治療法を世界に向かって発信することが出来るはずです。何か世界がその方向に向いてきたような気がするのは私の独りよがりでしょうか。なお、がん温熱療法(ハイパーサーミア)の詳細については本ホームページに解説があるので、それを参照していただけると幸いです。

 

 

 
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