1999.10.12

 
   
  7. 生体に放射線の作用を左右するものはあるのか:
   放射線の間接作用
 

 

 後で述べますように、体を作っている組織の種類によって放射線の影響の出方はちがいますが、その前に原理的に放射線の作用を強めたり弱めたりするものがあります。その効果の一番大きなものは酸素なのです。私達の体は80%が水で出来ています。放射線は生体分子のDNAなどにも直接当たって前に言った電離を起こしますが、水の分子に当たると電離を起こしそれを分解させます。こおして出来た水の分解産物は大変活性が高くこれをラジカルとよんでいます。このラジカルが水の中を通ってDNAなどの生体分子に当たるとそれを傷つけます。生体分子を直接に傷つける直接作用に対してこれを間接作用と言います。この時に酸素があると活性の高い酸素ラジカルを作ったり、より寿命の長いラジカルになったりして、結果として放射線の作用を強めることになります。これを酸素効果と言いますが、これは酸素のない時に比べて効果が2.5〜3倍になるくらい大きなものです。

 酸素効果は放射線ラジカルが酸素と反応する為に生じるのですから、何か化合物で酸素より反応をし易いものを予め入れておけばその作用を止めることが出来る筈です。この様な物を放射線防護剤と言って世界中の学者が探し求めてきました。私もその一人ですが、安全なものは防護効果が少なく、よく効く物は毒性が高く残念ながら未だ広く認められた物はありません。

 正常の組織には十分な酸素があるのに、大きくなったがんの塊(腫瘍)は酸素不足で中心が壊死になっていますが、これが放射線治療が効きにくい原因ではないかと考えられています。そこで酸素の代わりに腫瘍の中に入って酸素の代わりに放射線ラジカルの作用を高める薬剤、これを低酸素細胞増感剤と言います、が考えだされました。世界中でこの薬を求める研究が進められ、われわれ日本の研究者も熱心に参加しましたが、これも毒性との関係で未だ広く認められるものはありません。

 ところが最近このラジカルが老化やがん化を巡って注目を集めているのです。実は放射線が当たらなくても生体の中では酸素代謝の過程で沢山の酸素ラジカルが作られていることが分かってきました。このようなラジカルは白血球が呑食した細菌を殺す時などに必要ですが、出来過ぎたものはそれを巧く分解して無毒化する系が同時に出来ていて、ラジカルの害が広がらないようにバランスが保たれています。しかし、過剰のラジカルが徐々に生体分子を破壊してそれが老化やがん化に繋がるのではないかと言う説が最近では有力です。そこでこのラジカルを取る、先の防護剤に相当する成分を食餌で摂ることが勧められているのです。

 このように生体の中では酸素ラジカルは少々の放射線が当たるよりも遙かに多く作られているので、それによってDNAなどの生体分子も可成り傷が付いていると考えられます。現に尿の中にDNAの破壊された断片がたくさん見出されます。しかし、そのような傷は生体の中では殆ど完全に修復されているので、老化やがん化と言うゆるやかな変化としてしか現れないと考えられます。ところがこの尿中のDNAの破壊産物の量を放射線によるものとして単純計算すると、何と一日120cGyの放射線に相当することが分かりました。これに比べればmGy位の放射線は問題にならないと主張する人があります。しかし、私はこれは少し話を簡単にしすぎていると思います。生体の中で日常出来ているラジカルは代謝の結果なので、その酵素反応のあるところで出来ます。これに対して放射線によるラジカルは細胞内に一様に出来ると考えられます。この点何か違いがありそうです。実はこの違いが何処にあるかが大問題であるとしてアメリカでは、今年から取り上げた低線量放射線の影響についての特別10ケ年研究計画の一つの大きな柱にこの問題を取り上げています。従って結論はその研究結果を待つことにしましょう。

 

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