2005.2.1
 
Books (環境と健康Vol.17 No. 6より)
テッサ・モーリス-スズキ著 田代泰子訳
過去は死なない メデイア・記憶・歴史
The Past Within Us media/memory/history

岩波書店 ¥3,500+税
2004年8月26日 第一刷発行
ISBN4-00-02441-7 C0020
 



 数年前から社会問題・国際問題になっている歴史教科書をめぐる議論をみていて、皆さんも歴史というものがなかなか一筋縄ではいかないことに気が付いておられるでしょう。最近では来年の NHK 大河ドラマが日露戦争 100 年を意識して、司馬遼太郎の「坂の上の雲」であるというので、それで人々がこれが歴史だと誤らないかという論説を読んだ記憶があります。

 この本は“歴史への真摯さ”というものを、・社会的・空間的唖置を異にする他者の見解に関わることで過去についての自分の理解をかたちづくり、またつくりなおす、という継続的な対話である、としてその重要性を強調しています。そのうえで、我々を取り巻くいろんなメデイアがこれに対してどのような役割を旺たしているかについて、多くの実例をあげて論じているのです。

 先ず歴史小説が出てきます。次が滋真です。私が知らなくて一番この本で中心に取り上げられている滋真は、従軍滋真家の山端庸介が、1945 年 8 月 10 日、長崎への原爆投下の翌日の長崎で撮影した二枚の滋真です。それが場蔓場蔓でどのように使われてきたかを論じています。滋真はまた全体とその部分とで違った理解のされかたをすることがある実例をしめしています。

 次は映画です。一見すると、歴史ドキュメンタリーは歴史書の映画版で、歴史劇映画が歴史小説にあたるもの、とかんたんに考えられそうだ。しかし実際の映画を検討すると、そこではもっと複雑な関係を、小説では構成上分離して書かれる経済、政治、人種、階級、ジェンダーなどすべてを、瞬間的に一つに表す事ができる。と言っています。続いて、漫画、マルチメデイアと進みます。そしてこれらの情報伝達手段の特徴、問題点を十分に理解した上で、真摯に歴史を考えようというのがこの本の趣旨です。

 著者は 1951 年イギリス生まれで、現在はオーストラリア国立大学教授ですが、日本で研究したこともあり、まるで日本人が書いたように日本のことが詳しく書かれています。また翻訳も、全く翻訳調を感じさせず、初めから日本語で書いたのではないか思わせるくらいです。私はこの本を歴史の本としてよりは、むしろいろんな情報伝達の方法が持つ特徴や欠点などを知る参考として大変役に立つものだと感じました。ことにリスクという言葉の取り扱いを課題にしている者として、たった一枚の滋真が実に多蔓的に使われ、人々に受け取られるという現実を教えられ、自分の狭い定義にだけこだわっていては社会の理解は容易に得られるものではないということを、教えられました。 

(Tom)