2004.1.1
 
Books (環境と健康Vol.16 No. 6より)
人間は進歩してきたか 
「西欧近代」再考

佐伯啓思 著
PHP新書 274 2003年10月31日発行 ¥740+税
ISBN4-569-63188-6 C0230
 



 この著者の本は前にも紹介したことがありますが(本誌13巻1号p.47、2000)、いつも巧みで説得力のある書き方に感心さされます。経済や哲学の専門の方には別に特別のことはないのかも知れないのですが、私のような哲学音痴には大変参考になります。それは今問題になっている9・11テロとイラク攻撃の背景にある文明感とその問題に一つの示唆を与えてくれるからです。彼の書いているところを一部追ってみましょう。

 “9.11テロが起きたとき、ブッシュ大統領はすぐに、「これは文明に対する攻撃である」といいました。(中略)テロから一年半後にアメリカはイラクを攻撃するわけですが、その戦争の目的は、当初は「テロ支援国」の大量破壊兵器を破棄させるということだったのが、いつの間にか、フセイン体制を消滅させて、イラクを民主化し人民を解放する、という議論に変わってしまいました。こうなると、「文明を守る」とは、独裁的な恐怖政治と戦って、人民の自由や平等を中心とした市民生活を保障するということになります。アメリカは、この意味で「文明」の守護者を任じているわけです。”

 そこでこの本の主題は、ここで言う「文明」とは何か。そこには暗黙のうちに、人間は進歩するものであり、アメリカを代表とする西洋の近代文明このその頂点にあるので、それを世界に広めるのがアメリカの使命である、と言う気持ちがあるのではないでしょうか。その点に疑問を持って西欧近代を再検討しようというのがこの本の狙いだと思われます。そのなかに、今自衛隊のイラク派遣でもめている日本のいびつな姿も浮かんできます。例えば、これに対して、

 “日本はそもそも軍隊がない。戦争となったとき、市民の生命・財産を守るのは、極端にいえばアメリカ軍ということになる。ホップス流にいえば主権者はアメリカだともいえる。少なくとも市民はいっさい戦おうとはしない。武器を取らないことがむしろ美徳であり、そのうえせっせと私的利益の追求、経済活動に専念する。これはきわめてホップス的な市民像といわねばならないでしょう。”

 さてここに度々出てくるホップスとは一体何者でしょうか。それを私が一言で説明するのは難しいことです。それに一章(第3章)を使っているのですから。国家の主権と市民の自由とが互いに独立して存在しうるという考え方とでも言えばよいでしょうか。問題はそれからです。日本の例を見ても分るように、このホップスの考えはいろいろと問題を含んでいます。この本を読んでその問題点は良く分かるのですが、最後のこの問題の行き着くところが、西欧進歩主義の壁で、進歩するほど空虚になり近代のパラドックスとして、ニヒリズムをもたらすという説明が私には未だ十分に理解できていません。

 この本を読んだあとに、たまたまある講演会でイスラムの話を聞く機会がありました。それと比べると一層ここで指摘された問題が理解できたように思います。

(Tom)

目次
はしがき
第1章 文明の捉え方--進歩の思想と文明の衝突
第2章 「確かなもの」の探求--西欧近代の成立
第3章 「近代国家」とは何か--ホップズの発見
第4章 「人民主権」の真の意味--ホップズからルソーへ
第5章 フランス革命とアメリカ独立革命--異質な近代革命
第6章 個人主義の起源--マックス・ウェーバーと西欧近代
第7章 不安な個人の誕生--合理主義の行方
第8章 西欧進歩主義の壁--ニヒリズムの時代へ
おもな参考文献