2000.9.1
 
「ハイパーサーミア再訪」

がん治療におけるハイパーサーミアの意義
松田忠義・菅原 努
 

 

1.はじめに

ハイパーサーミアは既に健康保険にも適用された標準的な科学的がん治療法の一つである。しかるに一般のがんについての啓蒙書では無視されるか、民間療法と混同されているようである*。殊に最近インフォームドコンセントが重視され、患者の決定権によって治療法の選択がなされるときに、主治医が提示する選択肢の一つにハイパーサーミアが含まれないとすれば、それは重大な問題ではなかろうか。このような観点からわれわれは最近ハイパーサーミアの適応を例示する参考書** を刊行したが、詳細はそれにゆずるとしてここにその基本的事項を示して参考に供したい。

2.ハイパーサーミアの位置づけ

がん治療には従来から外科療法、放射線療法、化学療法があり、それに最近免疫療法と温熱療法(ハイパーサーミア)が加わった。しかし、免疫療法は多くが試験的段階であるのに対してハイパーサミアは既に「電磁波による局所温熱療法」として健康保険でも認められたもので、当然前者の3療法とともに日常の治療において常に、適応の可否を検討されるべきものである。

 ハイパーサーミアは本来放射線増感法として開発され、確立された。その後化学療法の増感作用もあることが認められ、さらに単独での効果も報告されるようになった。この治療法は本来放射線療法と同様の局所療法であるが、最近新しい研究課題として部位加温で正常組織も一部加温されることによる免疫機能昂進の可能性が示唆されている。

 病期としては、新しい治療法の常として進行がんあるいは難治がんが対象になっているが、可能性としてはより早期のものへの適用も考えられる。

 以上をふまえ、少なくとも現状でも放射線、または化学療法に抵抗性と考えられる場合には適用の可能性を検討するべきものである。さらに装置が普及すればよりひろく適応を広げることが可能になるだろう。

3.Evidenceとしての第III相臨床試験成績

 ハイパーサーミアは加温装置をともなう治療であるので、薬剤などと違って第III相臨床試験を行うにはより多くの困難が伴う。しかし、この困難を乗り越えて今までに可成りの数の第III相試験が行われ、その殆どが放射線または化学療法単独に対して有意な治療成績の向上を示している。ただし国際的には欧米では加温装置の制約と放射線科が中心であるために、放射線併用の表在性または下腹部の腫瘍に限られている。 従って化学療法との併用は我が国のもののみである。

a)温熱併用放射線療法

表1 温熱併用放射線療法の第III相臨床試験成績

 
報告者
対象
症例数
効果
(温熱併用放射線治療対
放射線治療単独)
備 考
Egawaら 表在性腫瘍 92例 CR+PR率 82%対63%
(Pく0.05)
J. Jpn. Ther. Radiol. Oncol. ,1989
Perezら 表在性腫瘍 307例 CR率 32%対30% Am. J. Clin. Oncol.,1991
平岡ら 表在性腫瘍 53例 CR+PR率 100%対85%
(P=0.05)

日放腫会誌, 1998

Valdagniら 頚部リンパ節転移 36例 CR率 82%対37%
(P=0.02)
Int. J. Radiat. Oncol. Biol. Phys., 1988
Overaardら 悪性黒色腫 134例 CR率 46%対28%
(P=0.008)
Lancet,1995
Vernonら 乳癌 306例 CR率 59%対41% Int. J. Radiat. Oncol. Biol. Phys., 1996
Kitamuraら 胸部食道癌 66例 CR率 25%対6%
(P<0.05)
両群に化学療法を併用
J. Surg. Oncol. ,1995
Sneedら 悪性グリオーマ 111例 生存期間
(中間値)
89週対76週(全症例)
(P=0.06)
Int. J. Radiat. Oncol. Biol. Phys. ,1998
  91週対76週(組織内照射施行例) (P=0.01)
van der Zeeら 骨盤部腫瘍 298例 CR率

58%対3%
(P<0.05)

Proc. 6th Int. Meet. Progress Radio. Oncol., 1998
Harimaら 子宮頸癌IIIB 37例 CR率

83%対52.6%
(P<0.05)

Cancer, 2000
van der Zeeら 子宮頸癌IIB-IV A 126例 CR率 83%対57%
(P=0.003)
Lancet, 2000
3年生存率 51%対27%
(P=0.009)

b)温熱併用化学療法

表2 温熱併用化学療法の第III相臨床試験成績のまとめ

報告者
対象
症例数
効果
(温熱併用化学療法対
化学療法単独)
備 考
Sugimachiら 中部食道癌 40例 嚥下障害改善率 70%対40% 主に術前治療法として使用
Int. J. Hypertherm. 1994
食道造影上の改善率 50%対25%
組織学的有効率 58%対14%
Yumotoら 肝細胞癌 20例 有効率 40%対20% リビオドール
Int. J. Hypertherm. 1991
Hamazoeら 胃癌 82例 5年生存率 64%対53% mitomycinCを含んだ腹膜灌流法 Cancer, 1994
近藤 肝癌
(原発、転移)
26例 有効率 45%対0% 動注(リザーバー)化学療法
日本ハイパーサーミア誌、1994

以上表1、2は総ての部位を含んでいないが、これによって原理的に温熱(ハイパーサーミア)による増感は証明されたと考えてよいのではないか。勿論部位による加温の難易、腫瘍細胞の遺伝的組成による温熱感受性の差は考えられる。これらは効果を左右する二次的因子として現在検討が進められている。

4.ハイパーサーミアの適応

 原理的には総ての腫瘍が適応になると考えられ、その点では現在のところ十分な加温の出来ない頭蓋内の腫瘍以外は適応とすることが出来る。しかし、教科書的には今までに十分な臨床経験が積まれその成績が報告されているものが適応ということになるだろう。それが表3に示すものである。

表3 ハイパーサーミアの適応


A.放射線治療との併用
  1) 放射線抵抗性の表在−浅在性腫瘍
    例:皮膚癌、悪性黒色腫、頭頚部腫瘍、悪性軟部組織由来肉腫など
  2) 放射線抵抗性の深在性腫瘍
    例:胸壁侵潤型肺癌、縦隔型肺癌、食道癌、子宮頸癌、術後再発直腸癌、骨腫瘍など
  3) 放射線治療後の再発腫瘍
    例:照射部位に再発した乳癌、皮膚癌、頭頸部腫瘍
B.抗癌剤との併用
    例:動脈塞栓可能な原発性または転移性肝癌
C.放射線・抗癌剤との三者併用
    例: 癌性胸膜炎併発肺癌、食道癌、胆道癌など

 このほかに、併用終了後の温熱単独の継続(週1回連続)の有効性が認められている。また緩和療法として疼痛軽減、PS向上などを目標とする温熱単独療法も試みられている。ハイパーサーミアの特徴は残留する副作用がなく繰り返し使用できるところにあって、この点が放射線や化学療法と根本的に異なる点である。


*がん啓蒙書にハイパーサーミアを見る(資料ページへ)
**難治癌への挑戦:ハイパーサーミアの臨床 編集:松田忠義、菅原 努、阿部光幸、田中敬正 医療科学社1999年11月15日第1版発行