2001.2.1
 
「環境と健康」Vol.13 No.2
健康指標プロジェクトシリーズ

卵成熟の生物学
トロント大学 ラムゼイライト動物学研究所
増井 禎夫
 

プロゲステロン

 それで私はこれは非常に面白いと思いましたのでこの実験を追試しましたが、その通 りには決してなりませんでした。まず第1にこのデトラフが卵巣から取り出した卵細胞というのは卵細胞だけではなかったんです。このように後で調べてみますと、その卵細胞の表面 に沢山の濾胞細胞がくっついて残っているわけであります。しかしこの細胞の役割というのを全然彼女は考慮していないということが分かりました。普通 の卵巣に直接脳下垂体ホルモンを作用させますと、排卵が起こると同時に卵成熟が起こる。コラゲナーゼで処理したり、ただピンセットで卵巣の表皮をむきまして中から卵を取り出してもまだ沢山の濾胞細胞がついてるので、これに脳下垂体を働かせますと、やはり成熟が起こる。しかしカルシウムを含まないリンガー液で洗いまして濾胞細胞を取ってしまいますと、脳下垂体ホルモンはもはや効かないということも分かってまいりました。従って濾胞細胞が存在しないと脳下垂体ホルモンは卵には何の影響も与えないということであります。従いまして取り出しました濾胞細胞と再び綺麗に洗いました卵母細胞と一緒にして脳下垂体ホルモンを加えますと卵は成熟いたします。そこで考えられますことは脳下垂体ホルモンは濾胞細胞に働いて、その結果 濾胞細胞から何かの刺激物質が出まして卵母細胞に働くのであろうということです。そこで先程お話しましたように、排卵の時にはエストロゲンとプロゲステロンの血中濃度が非常に高くなるということが分かっておりましたから、エストロゲンとプロゲステロンの両方をテストいたしました。エストロゲンは全く作用をなさずにプロゲステロンを直接綺麗に洗った卵母細胞にかけますと成熟が起こったわけであります。それでプロゲステロンが直接卵成熟の引金となることが少なくともカエルで分かりました。そこで次の問題はプロゲステロンはどこに作用しているのであろうかということです。プロゲステロンをまず外からかけてみますと卵成熟が起こったわけであります。しかし直接卵母細胞の中にいれますと、全然成熟が起こらない。ですから私はプロゲステロンの働くのは卵母細胞の表面 であって、内部ではないということを考えました。静岡大学の石川勝利さんの実験ではプロゲステロンが細胞内に入ることが出来ないように寒天にくっつけたプロゲステロンをかけても卵成熟が起こる。フランスの人達はポリエチレンをプロゲステロンにくっつけまして同じ実験をしたのであります。このような事実から少なくとも卵成熟を誘導する際にプロゲステロンは細胞の表面 の受容体か何かに作用しなければならないといえます。他の細胞では内部に入って細胞質の受容体と結合したものが核に移動するわけでありますが、卵成熟の場合は決して内部では効かないということが分かったわけであります。

→ 次項目:卵成熟因子MPF