2002.12.05
 

 平成14年健康指標プロジェクト講演会要旨

第36回(12月21日(土) 14:00〜17:00、京大会館)
発汗のしくみ

菅屋 潤壱
(愛知医科大学生理学第2講座)
 


 日常的には発汗は不快な現象として認識される。しかし,汗は熱放散(ラジエター)の役割を果たしており,とくに暑熱環境下での体温調節にとって不可欠な機序である。生体の活動にともなって発生する熱や,暑熱環境下で生体に侵入する熱は,その処理が問題となる。この熱は,皮膚からを介して非蒸発性機転,すなわち,輻射,伝導,対流と,蒸発性機転,すなわち発汗により処理される。とくに発汗は,非蒸発性機転が役立たない極端な暑熱環境下では唯一の熱放散機転となるため,意義が大きい。

 体温調節に関わる発汗は,温熱性発汗と呼ばれ,手掌と足底を除く全身に認められる。汗は蒸発して,その気化熱により体熱が放散される。汗腺は交感神経(コリン作動性線維)の支配を受け,その活動によりパルス状に汗を拍出する。汗の拍出は,温熱性発汗領域では同期するが,発汗量は部位による差が大きい。発汗は視床下部にある体温調節中枢によって調節される。体温調節中枢には体深部(主として視床下部)と体表面(皮膚)の受容器から温度信号が入力し,温度感受性ニューロンがその信号を統合し,汗腺を駆動するための出力信号を発生させる。体温(体深部の温度;深部体温)が変化すると,その信号は体温調節中枢に入力され,設定温度(セットポイント)と比較されてその差の信号(誤差信号)にもとづいて熱放散や熱産生に関わる効果器を駆動するための神経信号が出力され,はじめの体温変化を打ち消す方向に作動する。このようにして体温はフィードバック機構により調節されるが,発汗調節機構はこの体温調節機構の一部として機能している。

 温熱性発汗はこのように生体の温度信号を調節要因としているが,温度以外の要因によっても影響を受ける。これには,ホメオスターシス維持機構からの信号が重要であり,体液量や浸透圧,血圧,血糖値などの多様な要因が体温調節中枢機構に作用して発汗などの体温調節反応に影響を与える。これらの非温度信号は体温調節反応の温度特性を修飾する。これによって個体の生存にとって有利な状況が作りだされると考えられている。たとえば,脱水下では浸透圧や血液量の変化が要因となって発汗は抑制される。これにともなって体温は上昇するが,この発汗の抑制は,体液保持の観点からは有利な現象である。すなわち,体温調節系はホメオスターシス調節系から様々な干渉を受けながら作動しており,発汗特性もその支配下で変化する。

 地球温暖化や都市のヒートアイランド現象など近い将来,人類は高温環境に曝される機会が増えることが予想される状況にあり,発汗現象の理解は重要な意味をもつであろう。しかし,発汗調節の研究は進歩がおそい。これは,測定法の問題や,発汗はヒトにしか見られない現象であって動物モデルが確立されていないことなどが大きな原因である。今後の研究の新しい展開が期待されるところである。

 
 

 

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