2000.10.1

 

  23. 健やかな長寿を求めて
 

 

 老化学などと大それたことを言っても、年をとったら段々身体が弱っていくという当たり前のことをもっともらしく言うだけで何の役にも立たないと言われそうである。古く1935年にマッケイという学者がネズミの寿命を見事に伸ばす実験をして以来、それを越えるデータはない。それはネズミの餌を3分の2位に制限するというものであった。最近では単に寿命だけでなく、放射線や発がん物質によるがんを防ぎ、自己免疫疾患のモデル動物ではその病気の発生を減らすという実験もある。現在何故これが有効かということについて研究が進められているが、残念ながら人間の場合にはこの食飼制限の結果をどのように適用したらよいかが分からないというのが実状である。そこで矢張り地道に老化による変化を一つづつ追っかけていかざるを得ない。

 もう一つのやり方はがんの場合にドルとペトーとがやったように世界中の住民と成人病や長寿との関係を追ってそこからそれを左右する手がかりを見出すことである。この点では前にも紹介した京大の家森教授らの血管病とライフスタイルに関する世界保健機構との共同研究が立派なモデルになるであろう。その時日本は世界の長寿国の一つとして模範にならねばならない。初めにも述べたように日本の長寿の秘訣の解明は21世紀の世界の健康に大きく貢献するであろう。

 この稿の初めに京の街が死者で満ちあふれた時のあったことを記した。その同じところに我々が住み、長寿の謎にせまろうとしていることは何という因縁であろうか。この私達科学者の立場から市民の皆様、ひいては日本の皆様に望みたいことは、前回にも述べた食塩やカルシュウム、煙草などの問題である。科学の研究には出来るだけ単純な条件が望ましい。日本食の複雑な条件を問題にする前に、なお明確な形で問題を残しているのがこの点である。例えば家森教授の調査では沖縄県人がハワイに移住するとさらに長寿になるが、それには食塩摂取の減少、喫煙率の低さが効いていると考えられる。これは単に科学者の興味だけでなく、国民のひとりひとりの健康にも結びつくものである。また今では日本食はアメリカでブームになっているが、それがアメリカに食塩の過剰摂取を持ち込むことになってはならない。その為にも、もうひと頑張りして理想の食事に近づけようではないか。

 こうして健やかな長寿をねがって心掛けていても、とても完全とはいかずにあちこち支障が生じてくる。私もこの点同様で眼底出血はするし、腰は痛むし、白内障で目はかすむ、さらに狭心症まで起こしてしまった。でも私はこれらを天の警告と受けとめ、いたわりながら出来る範囲の活動を続けている。最近の医学はこれらを何とか日常生活どころか普通の仕事も十分にこなすことが出来るところまで治してくれる。私はこれを多病息災と言っている。残念ながら私の老化学もこの程度にしか役立たないが、痛い腰を我慢しながらでも少しでもお役に立てばとこの小論を書くことが私の楽しみであり、生きがいである。

 

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