2001.8.1

 

 

8. 脂肪は本当に健康に悪いか

 


 パンにバターをつけようとして、いや止めてマーガリンにしようとしたり、牛乳を買いにいってそうだ低脂肪にしよう、といった経験を皆さんは持っていませんか。でも霜降りの松阪牛はうまいうまいと喜んで食べていて、ステーキではまわりの脂肪は避けて食べる。こんなところが私も含めて平均的な日本人の脂肪に対する態度でしょう。この脂肪に対する警戒はどうやらアメリカからきたものではないでしょうか。アメリカではかなり前から自分達は脂肪を取りすぎで、これを減らさないと死因の第一の心筋梗塞を防げないと政府はもとよりいろんな所で言われていました。「アメリカではもはや神も共産主義も恐れないが、脂肪だけは恐れる。」などという事が言われたくらいです。この脂肪にたいする恐れはそれとなくわが国にも伝わってきていたのでしょう。

 アメリカでは第二次世界大戦後心筋梗塞による死亡が急増してきました。1960年頃世界6ケ国の食事と心臓病の頻度の比較研究が行われ、日本人を含め心臓病の少ない国と多い国とでは脂肪の摂りか方が違い、後者では多いことが示されました。またアメリカで血中のコレステロールと心臓病の頻度を比較する研究が行われ、コレステロール濃度が高い人に心臓病のリスクが高いことが分かりました。これらを元に「脂質は命取り」という国家的な信念ともいうべきものが、生まれ成長してきたのです。実は学会はこの点について意見が分かれていて脂肪の必要性をとなえる学者もいたのです、それらの声は抹殺されたのです。それに大きな力があったのがマックガバン上院議員が主張して作ったマックガバン委員会です。これは元来米国の栄養不足問題を解決するために作られたのですが、1970年に栄養不足問題は解決しても解散せず、つづいて栄養過多の問題に取り組むことになったのです。ここで出された報告が「総てのアメリカ人が総脂質量の摂取を総エネルギー量の30%以内に、飽和脂肪量を10%以内に制限するように」という提案だったのです。

 これを受けて1977年に発表された「合衆国の食事目標」にもこのことが取り入られら、街には低脂肪食の広告があふれるようになりました。勿論その後もこれを批判して身体にとっての脂肪の必要性や脂肪の代わりに摂る食べ物にかえって問題があることを指摘する学者もいましたが、それらの声は、流れに乗る産官学の声に消されてしまったようです。

 実は米国の公衆衛生局が1988年に、この問題の基本である「食事の中の脂質の危険性に関する科学的な報告書」を作成するべく作業を始めたのですが、検討を進めるほどに科学的なデータは必ずしも単純に脂質の危険性を示していないことが分かり、1999年に遂にその作業を中止してしまいました。その経過を詳しく追ったScience 2001年3月30日号の記事によると、脂肪の少ない食事をとれば長寿が得られるという証拠は得られていない、ということのようです。
私にとってこの話が重要なのは食事中の脂肪の問題として自分達の日常に関係するということよりも、上記に紹介したScienceの記事の中の次の一節です。

 “「脂質は命取り」という国家的な信念の歴史、及びそこで見られる仮説が何時の間にかドグマに変っていく過程には、科学者や科学と同様に政治家、官僚、マスコミ及び消費者も大きな役割を果たしている。これは、本物の科学の判り難い曖昧さに対して、公衆衛生政策の必要性、すなわち消費者に対する単純で分かり易い勧告の必要性が過度に重視されると、どんなことが起きうるかについての物語である。”

 どうも私には放射線でも同じようなことが起こっているように思われてならないのです。


(註)この話の詳細は「環境と健康」Vol.14 N0.4のTopicsに掲載する。