放射線のリスク評価について             

  

 医療放射線被ばくに関するICRPを中心とした国際動向

   

 目次

 1. 医療放射線防護に関する国際的枠組み

 2. 医療放射線防護に関する基本原則

  3. ICRPの出版物の内容
 4. 放射線薬剤について

 5. 放射線治療の諸問題

 6. 実効線量について



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1. 医療放射線防護に関する国際的枠組み

 ICRPでは医療放射線に関する放射線防護については第 3 専門委員会が担当しているが非常に加えて医療ということになるとつ者なら誰でも知っている句にが非常に加えて医療ということになるとつ者なら誰でも知っている句にUNSCEARがデータの取りまとめを行ない、ICRPが防護に関する基本的な枠組みを作って勧告案を出し、それをIAEAが実行に移していくという形で患者の医療被ばくに関する国際行動計画を策定している。これは2002年のIAEA総会で決議されたもので、その運営パネル(Steering Panel)委員会が 2 年ごとに開かれてきた。これに加えて国際機関ではWHOが重要な役割を果たしている。WHOは、2008年から新たにGlobal Initiative; Radiation Safety in Health Care Settingsということで医療に関する放射線安全のGlobal Initiativeという活動を開始した。このように、国際的にはICRPIAEAWHO3 つの機関が、それぞれ恒常的な活動を行っている事になる。


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2.医療放射線防護に関する基本原則

 医療放射線防護に関する基本原則は、放射線防護体系の中で非常に特殊な分野である。放射線防護体系の中では線量限度、正当化、あるいは最適化という言葉が使われているが、医療被ばくに関しては線量限度という概念はない。何故なら患者の医療のために適切な線量が必要だということが大前提となっているからである。

 そこで正当化と最適化という事が重要になってくる。医療の分野における放射線利用が爆発的に増加しているという現実があり、その実態は正確には把握されていない。この分野では急速に装置開発が進んでいて、様々な問題が起こっている。

 

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3ICRPの出版物の内容

3専門委員会が、最近、関わった幾つかのICRP出版物がある。細かい治療に関する事故の防止や過剰照射を防ぐにはどうするか、患者線量はどうするとか、そういう技術的な出版が多い。ここ数年のICRP3専門委員会の活動は、医療従事者への教育を含めて、主に患者の事故の防止を含めた防護に力点が置かれている。

 Pub 93「デジタルラジオロジーにおける患者線量の管理」の、デジタルラジオロジーというのはフィルムを使わないX線照射システムの事である。このデジタルラジオロジーの特徴は、一つは線量を非常に絞ることができるという特徴があり、本来、被ばく軽減に役立つが、逆にフィルムとは違って過剰照射のリスクもある。フィルムだと X 線を照射したあと黒くなれば、これは過剰照射だとすぐにわかるが、コンピュータで管理されるデジタル画像だとすぐにはわからない。ということから本来の利点とは逆に過剰照射になっているのではないかという懸念を含めた患者線量の管理が議論になっている。

 Pub 94「非密封放射性核種による治療を受けた患者の解放」は、どの時点で管理区域から退出させるのかということが議論されている。最近アイソトープを使った内用治療が盛んになってきた。現在わが国でも、β線核種を使った患者の治療では、患者の退出基準はこれに基づいている。

Pub 97「高線量率(HDR)小線源治療事故の予防」、これは実際に線源をがんに埋め込んで治療する場合、事故が起こりやすいということから、どのように事故を予防するかを述べたものである。Pub 98「前立腺癌に対する小線源治療(永久刺入)の放射線安全」は、I-125の針を体内に挿入したとき、半減期が60日と長いので、トイレで流出する問題とか、事故に関する放射線安全面の取り扱いを含んでいる。

 最近はCTが非常に大きな問題となっていて、CTの被ばく、特に多くのスライスが同時に撮れるMDCTの問題をPub 102は扱っている。幅広い身体の領域が一度に撮れる装置ができて、患者線量の管理の問題がある。さらに第3専門委員会の本来、基本文書となる医療における放射線防護がPub 105として出されている。そして放射性薬剤による患者の被ばく線量問題は、常にアップデートしておく必要があるので、新しい薬剤が出るたびに追加されてきた。

 2007年勧告、これはICRPの新しい勧告だが、この中の第 7 章で独立して医療被ばくが取り上げられている。ここで定義が明確にされている。これによると対象となるのは放射線診断、IVRInterventional radiology)という血管内の低侵襲の治療行為、そして放射線治療にともなう個人の被ばくを扱う。これ以外に患者を支援あるいは介護する家族などの被ばく、もう一つ重要な対象の定義として個人としての便益はないが、いわゆる生物・医学研究でボランティアとして参加する人、現在対象はこの 3 つになっている。

医療被ばくは、他の被ばくと違うということを説明した内容が、第7章の中で最初の部分に記されている。まず患者の便益を目的とした意図的な被ばくであるということである。この意図的な被ばくは、計画被ばくになるが、これは患者の直接的な便益のためである。そのために他の計画的被ばくにおける放射線防護とは異なるアプローチが必要である。そして、個々の患者の線量を制限することは、診断や治療の有効性を減じる可能性があるので、線量限度あるいは2007年勧告から出てきた線量拘束値は、これをそのまま適用してはならないということである。

医療被ばくそのものは、線量拘束値については言っていない。これに替わるものとして「診断参考レベル」というものを出している。これは全て個人の健康上の便益に基づく自発的なものであり、そういう意味でこの線量限度は設けないが、あくまで患者の同意に基づく、あるいは場合によっては家族の場合もあるが、そういた人の同意に基づくというのが最も重要なポイントとされている。

患者の医療被ばくに関する最終責任はそれを扱う医師にあると明記されている。すなわち最終的に何か起こった時には医師が責任を負わなければならないと明記されている。あくまで患者との契約関係にあるということに基づくということで、説明が求められている。

正当化に関して 3 段階のレベルが必要とされている。第 1 段階の正当化は「放射線の医学利用が患者に損害を上回る利益、便益をもたらすという基本原則」である。これが第1段階になる。すなわち医療被ばくというのは、個人の問題ではなく、患者に便益を与えるものであって、それが損害を上回るものであるから認めるのだという正当化である。第 2 段階がそれぞれの診療における正当化である。ある目的で実施する検査の、あるいは治療の正当化ということである。3 番目の段階としては、それぞれの患者で実施する放射線診療の正当化という、この3段階に分けられている。

最適化に関しては、これは拘束値ではなく、あえて「診断参考レベル」という用語を前から使っている。これは防護の最適化を目的とするもので、個々の患者の診療において履行される。防護の最適化のために、できるだけ被ばく線量を減らして、しかもその有効性を損なわない範囲で診断参考レベルを決定する。この診断参考レベルというのはあくまで参考とするもの、診断に対してのものなので、放射線治療には適用されないということである。

この2007年勧告に基づいて、医療放射線防護の基本文書が、ICRP Pub 105として出された。ここでは、生物学的で基礎的内容と、患者における医療被ばくの特殊性として今述べたような意図的な被ばくであること、自発的な被ばくであること、無症状な患者のスクリーニング検査についてなどが、記載されている。それから放射線治療がある。被ばく線量は、それなりに管理をしなければならないが、医療被ばくが非常に増えてきて、その中でいわゆる実効線量が独り歩きをして問題になっている。医療被ばくによる様々な発がんのリスクが問題にされているが、患者集団というのは、非常に特殊な人口構成になっているというのを考える必要がある。すなわち一般を対象としたものではないということに注意する必要がある。

Pub 105の第 7 章には、この放射線防護体系の中で「practice」という言葉がよく出てくる。これは「行為と介入」による、まさにこの行為といわれる部分だが、medical practiceというのは幅広い診療行為を意味するので、それと誤解を避けるために、ここでは文章の中にradiological practice in medicineということで、いわゆる放射線防護体系のpracticeとは意味が違うと、特別にコメントしている。 

それから医療における放射線診療の正当化だが、先ほども述べたように 3 つのレベルが出ている。まずgeneral levelだが、これはともかく社会にとって有益であるということ、第 2 段階のレベルがsecond levelで、個別についての診療レベルの正当化を行い、そして第3段階がthird levelで、個人における正当化が行われ、この 3 つのレベルを考慮せよということが明記されている。

さらに最適化にあたっては、一般的なアプローチとして、拘束値ではなくて診断参考レベルを使う事や医療被ばくの管理が重要だと述べている。しかし、患者についての医療被ばくの管理は、実際にこれを行っている国は非常に限られているという状況にある。診断参考レベル、線量限度は用いないこと、それから放射線治療における事故と緊急事態の防御、放射性物質による緊急被ばく、さらに少し特殊な問題だが、教育訓練の重要性、施設における対応、それから患者以外の被ばくとして、医療行為による職業被ばく、公衆への被ばくがあり得るだろということについてもコメントがなされている。

3 専門委員会の当面の問題意識は、急激に増加する医療放射線利用についてである。医療被ばくは現在、人工的に我々がこの地球上で被ばくする最大の被ばく要因であることは間違いないことで、一部の国においては自然放射線による被ばくのレベルを越えていると指摘されている。

ICRPのタスクグループの一つは、循環器医療機のX線透視における放射線防護の問題に取り組んでいる。これは最近の狭心症や心筋梗塞の治療で、冠動脈に非常に細いカテーテルを入れて、単に診断するだけではなくて冠動脈狭窄や閉塞を再疎通させるという作業である。非常に細かな作業になるために長時間のX線透視を行う。この時間が非常に伸びてきて患者にとって多大な被ばくを与えている。


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4放射線薬剤について

放射線薬剤による患者の被ばくも問題とされている。最近、PETの新しい核種が臨床研究に用いられてきたという状況で、これを今後どうするかという問題がある。

新たなPET核種については、データがまとまってないものは別にして、Pub 106という形でPub 53に追加する形でデータが出されている。その中でPub 106の付録という形で、さきほどの放射線薬剤の取り扱いによる手の被ばくについての勧告が出された。これはとくに99mTc標識製剤の利用拡大と、それから超短寿命のポジトロン核種の普及がある。ポジトロン核種はβ線核種(β+)である。しかもエネルギーの高いものがあるので、これによる被ばくを避けるために実務的な内容の勧告を早急に出すということでPub 106に合わせて出された。

今後の問題点は 2 つある。1つはファントムとして、今まではMIRDファントムが使われてきたが、これがvoxelファントムに変更された。さらに新規薬剤にこれからどのように対応していくのかという問題がある。ポジトロン核種の中でもC-11のように半減期が20分といったものは、その細かな長時間にわたる体内動態は必ずしも必要がないと思える。そしてポジトロン核種の初期分布のデータだけがわかれば、大まかな被ばく線量は計算できるのではないかという議論が出されている。

もうひとつの問題として治療用の核種がある。これによる患者の被ばくは今のようなファントムを用いたデータだけでは不十分で、各患者によって違って来くる。このバリエーションは大きく、場合によっては数十%違ってくると副作用も問題になる。治療をしているつもりが、治療に十分な線量が当たっているかどうかわからないという問題がある。今までのように防護体系の中で考えていればよかった線量が、実際に個別の患者ごとの対応が求められるようになってきた。

治療薬の個別の線量評価が、治療最適化のために必要ではないかと思える。骨転移の治療薬であるストロンチウムがある。これはβ線核種なので外部計測できない。本来は放射線治療というのは外部照射あるいは小線源治療と同じように、きちんとした線量評価をすべきではないかという議論がある。ところが、実体としては体内分布の個体差が非常に大きいということもあり、防護の枠組みの中で使ってきたような線量評価では不十分であるということから、吸収線量の評価と治療効果の評価が可能なようなことにすべきである。

もう一つは放射線防護の視点からも不要な線量を与えないということをきちっとやるべきであると思える。但し問題点はコストである。時間、手間、経費、いろんなことがある。それから非常に重要な問題点は、γ線を出しているような核種で最初トレーサ量を投与して測り、β線核種による治療を推測すればどうかという考え方が当然なりたつ。全く同じ挙動を示せばよいが、核種が異なると分布が変わったり、同じ化合物でもトレーサ量と治療量では体内挙動が異なるという問題がある。これはいくつかの核種で証明されている。治療では、こういう問題をどのように考えていくかという事が、放射線薬剤にとって重要な問題点として残されている。

CTを利用する患者が被ばくしているので、これを最適化しなければならないが、実際の現場でも問題がある。現在使われている CT は検出器が多くなって広範囲が同時に撮れる。三次元化し、非常に薄いスライスをとるようになっている。また、いわゆる照射線量の自動設定(AEC)という方法がある。ボタンを押せば自動的に線量を自動設定してくるという部分は、企業によってブラックボックス化されている。実態として各個人の線量が評価しづらいという問題があって、医療事故につながる可能性がある。医療機器の自動化が、逆にそういう重大な問題を招くのではないかという問題がある。




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5.放射線治療の諸問題

治療の方の放射線防護についても、次々新しい治療法が出ている。全国の大学などに新しい治療装置が入っているが、それを扱う専門医や医学物理士がいないというのも問題である。新しい治療装置は、線量をターゲットにできるだけ集中させるようにできているので、本来ならばリスクは減るはずであるが、逆にリスクが増加することもあり得る。放射線治療医にとってはターゲットに高線量を照射するが、逆に低線量とよんでいるところも生物学的にはかなりの線量で、数Gyになる。特にIMRTとよばれる強度変調放射線治療、トモセラピー、サイバーナイフなどの放射線治療、それからこの中では粒子線治療も含まれている。問題は過剰照射だけでなく、不十分な照射は逆にいうとがんを治せないわけだから、せっかくの放射線治療が役に立っていないということになる。適切な線量を、きちんと照射することが最も重要である。

今までX線治療であれば高線量域が非常に広く、ここでの発がんが問題になっていた。ここで起こるのは主に肉腫系の悪性腫瘍が多いと従来から言われている。ところがIMRTのような場合、高線量域は減らせるが、逆に低線量域が増えるのではないかいうことが懸念されている。

悪性腫瘍の放射線治療には高線量が必要で、標的外の線量は避けられない。二次がんのリスクがあるということは明記すべきであると思われる。過去の臨床データによると、ほとんどの二次がんのリスクは標的部位に近いところの高線量領域でみられる。小児の感受性が高く、発がんの可能性は臓器によって異なる。

それに対して新しい治療技術は線量集中性が高く、高い線量のところを減少できるが、逆に低線量領域の拡大をもたらす。どのような二次がんのリスクがあるかというのは、今ようやくIMRTの二次がんのリスクが議論し始められたという状況である。二次がんを増加させないとしても、標的部位以外の線量をできるだけ減少させる努力が必要である。

直接的な利益を伴わない法的被ばくの問題が最近でてきている。これは本人にとって直接的な利益はないけれども、ある種の社会的な利益という見地から出てきているものである。例えば薬物の違法輸入に対する税関のチェックでの X 線透視があります。X 線は直接航空機の利用者にはしていないが、チェックとしてはありうるものと思われる。受刑者やその面会者に対するチェック、こういった安全上の問題、それから法的な問題として、幼児虐待があった時に骨折の診断をする、これは本人にとってメリットはあるのか議論のあるところである。それから移民者の健康チェックは実際に行われている。貨物の運搬をチェックをするが、その時に隠れていた密航者に X 線があたってしまうのではないかとか、疾病や障害の確認、訴訟が起きた時に、それを確認するために医療被ばくが行われるのではないかと、いうことなどがある。ダイアモンド鉱山などで職場から出ていく時に X 線チェックをしているそうである。生命保険の加入時審査、あるいは就学時、就業時の健康診断、昔は胸部 X 線写真でやっている。将来的には職種への適正判定、ある方が役員になるにあたって認知症やがんの診断に、放射線を使うかどうか、こういう場合もありうるのではないか。こういったものに対して、どう扱うかということを議論が始まっている。



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6.実効線量について

実効線量についても少し述べておく。2007年勧告では、実効線量は個人のリスク評価には用いないということを明記してある。実効線量そのものは1978年にEffective Dose Equivalent(実効線量当量)というもので導入されて、90年に明記された。Effective Doseという形でRadiation weighting factorTissue weighting factorを入れた。そして2007年勧告で、それぞれのパラメータの変更があった。変更があるということは、その時によってEffective Doseの値が変わるということである。だから、ある時に求めたEffective Doseが次の違う基準では変わってしまうということになる。これはあくまで防護上の値なので、ある個人についてEffective Doseを足していったということは、全く意味がないと思われる。実効線量を実際にどうするかというと、代表的なモデルでは「標準人」の組織線量をまず計算して、男女の平均値をとってEffective Doseを求めている。これは個人の線量を評価するものではなくて、職業被ばくと公衆被ばくの最適化のために用いる。内部被ばくに関しては、今までどおりcommitted effective dose預託実効線量が使われている。その中で集積線量ということが使われるが、これは個人のリスク評価のために使うのではなくて、職業被ばくの集団における最適化のためのみに使われるべきであるというのがICRPの基本的な考え方である。これだけの集積線量があって、これを単位人あたりにすると、これぐらいのSvになるから、それにリスク係数をかけて、発がんが何%起こるというようなことは、できない議論だということである。何故ならば、まずその線量を受けるという集団が特に医療被ばくにおいて問題で、きわめて偏った分布をしている。もちろん正規分布ではない。医療被ばくを受ける人の大半はがんをもっていて、そのため何度も検査を受けている特定の集団になっている。そういうものを平均値として出すことの意味を考える必要がある。性差や年齢にもよる。また、医療被ばくを受けるポピュレーションは高齢者に偏っている。これによって何十年後に起こるリスクを評価するということは、間違っているという考えかたである。

さらにモデルを適用する妥当性の問題が次に考えられる。原爆被爆者のデータに基づくリスク係数、これ以外のデータがないのは事実だが、さきほど二次がんの発がんのリスクをみてみると、原爆被爆者のデータよりも少ないようである。原爆被爆者の場合には一回の高線量率の線量に基づいて、LNTモデルを使っている。防護上のモデルをそのままリスク評価に使うということで、特に低線量のところを評価するのはおかしいと思われる。

但し、医療被ばくにおいては、Svはそれなりに役に立っているのではないかとの考え方もある。特に患者から「被ばくは問題ないでしょうか?」と主治医が問われた時に、そのリスクコミュニケーションの方法として便利な方法になっているのは事実である。その背景や意味や限界を理解した上で、放射線医療関係者は社会に対して明確なメッセージを出す必要があると思える。


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