1999.11.2

 
   
  9.細胞の生死はどうして決めるのか:
  コロニー形成法の発展
 

 

 放射線が体に当たると色んな作用があることが分かりました。体は細胞の集まりですから、それでは個々の細胞とそれから出来ている組織にはどんな変化が見られるのだろうかということになります。フランスのベルゴニーとトリボンドウはネズミの睾丸(精腺)にγ線を照射して精子形成過程のいろんな細胞のやられ方を比較しました。これは1906年にことです。数Gyで分裂の一番盛んな精原細胞がなくなっても精子やその直ぐ前の精娘細胞などは未だ残っていました。これから彼等は有名な法則「細胞分裂の盛んなものほど、また未分化なものほど放射線感受性が高い」という結論を得たのです。だからがん細胞は正常細胞より感受性が高いので放射線治療が効くのだと当時の皮膚がんに対する放射線の効果が説明されました。その後ことはそれ程簡単ではないことが分かり、それから放射線治療の研究開発が進むのですが、それは後の話にしましょう。

 その後血液細胞を作っている骨髄などを見ると照射後速やかに細胞がなくなります。ところがその頃に発展した組織培養という方法で試験管の中の細胞を観察すると、同じくらいの放射線を当てても殆ど変化が見られません。そこで細胞は生体の中に在る時と、生体の外に取り出した時とでは、放射線感受性が変わるのであろうと考えられました。しかし、その理由となると誰も説明が出来ません。これが1950年頃までの一般的な考え方でした。この問題を一挙に解決し近代の細胞生物学の基礎を開いたのがアメリカの生物物理学者パックのグループです。

 細菌学の分野では、生菌数を求めるのに細菌をいちいち顕微鏡の下で数えるのではなく、細菌を薄く培養基にまいてそこに出来てくるコロニー(細菌の増えた塊で肉眼で見えるもの)を数えることによります。パックらはこの方法を細胞に利用することを工夫したのです。しかし、細胞は細菌のようにばらばらにすると仲々うまく増えません。それを放射線を大量に照射して生きてはいるが最早分裂できない状態にしたものを一緒に培養することによって、遂に成功したのです。その報告は1955年に、次いでこの方法を用いて人のがん細胞であるヒラ細胞というのの放射線感受性を翌1956年に発表しました。私も当時丁度組織培養の放射線生物学への応用を検討していましたので、早速この方法を取り入れたいと思い培養の専門家に意見を求めましたが、「日本の水ではとても駄目ですよ」と言われて諦めたようなことでした。勿論今では細胞を扱う人は誰でも簡単にコロニーを作っていますが。

 顕微鏡でないと見えないような細胞が、肉眼で見えるコロニーを作るわけですから、コロニーが出来るということは、その細胞は10数回も分裂を繰り返したということです。即ち細胞が生きているということは細胞が何度も分裂する能力を持っていることに相当します。これを無限増殖能といいますが、これによるとネズミが死ぬ程の線量を当てると細胞のコロニーは10分の1以下に減ります。これならば、骨髄の所見と良く一致します。即ち細胞は増殖能で見れば生体内でも外でも放射線感受性は変わらないと言えます。

 その後この方法はがん細胞と正常細胞との比較、また方法を発展させて生体内でコロニーを作らせての生体内と外との比較などが研究されるようになりました。そこで、生体内でも外でも放射線感受性に本質的な違いはないことが確認されましたが、問題は期待したがん細胞と正常細胞との違いが見出せなかったことです。ここで放射線治療の原理が振り出しにもどってしまいました。そしてこの方法は化学療法の分野でも広く用いられるようになりました。こうして1956年から新たな研究が始まったのですが、それはまた項を改めて述べることにしましょう。

 最近このコロニー法でもう一つ新しい問題が見つかりました。上に述べたように細胞がコロニーを作るということは何回も分裂を繰り返したということで、どの細胞も同じように無限増殖能を持っていると見なしてきましたが、それが間違いであることが分かったのです。それはこの5、6年のことですが、こうして出来たコロニーから細胞を取ってもう一度コロニーを作るということを繰り返すと、その細胞が放射線を受けていると生存率が低いものや、染色体異常、突然変異などを持つものが見つかったのです。即ち細胞は何十世代前に受けた放射線の記録を永く残しているのです。見掛け上同じコロニーといっても中身は本当は同じではないということです。これを遺伝的不安定性と呼んでいますが、その中身は未だわかりませんが、これが放射線によるがんの本体ではないかと言う考えが最近出されています。

 細胞の生死については、もう一つ新しい発見があります。コロニー法で細胞の増殖能をみてきましたが、増殖能を失う時の細胞の死に方を調べていく間に、損傷を受けた細胞が計画的に死ぬ(自殺)という現象が広くあることが分かってきました。これをアポトーシスと呼んでいますが、これもコロニー法をもう一度見直す必要があることを意味しています。今回はこれらの新しい問題は後回しにして一応コロニー法による近代細胞生物学の幕を開けたところで話を終わります。

 

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