1999.10.1

 
   
  6. 放射線作用の不思議:小さいエネルギーで大きな障害を
 

 

 初期の放射線障害の項で見たように、X線を受けた人に見られたことは考えてみると不思議なことです。痛くもかゆくもなかった頭の毛が突然パラパラと抜けてしまう、もう少し沢山あびたと思われる時には熱くもなかったのに火傷のような症状が出てくる。その後動物実験が行われたところ、全身照射を受けたモルモットが見かけは何ともないのが10日を過ぎると急に弱ってバタバタと死に出すという不思議なことが見られました。

 その後のいろんな経験から人の放射線による急性50%致死線量(2ケ月以内に半数の者が死ぬと予想される線量)は4Gyと見積もられています。これを70kgの人が受けるとするとたったの67カロリー、熱に換算すると僅か0.002度の上昇を起こすだけです。当然熱くもなく、痛くもありません。コップ一杯のコーヒーよりも少ないエネルギーです。それで人が死ぬのですから何とも不思議です。

 すぐに考えられることは、これはきっと放射線が体に当たって何か猛毒物質を作るのに違いない、ということです。でもこれは、照射をされた動物から血を取って他の動物に注射してみれば、直ぐに分かることです。勿論そんな物はみつかりませんでした。次に出てきたのは、点熱説というものです。放射線のエネルギーが全身に均等に薄められるとして計算するから、個々の組織に吸収されるエネルギーは大変小さいことになるので、放射線の当たった小さい点の温度が一時的に高くなりそれが大きな生物作用のもとになるのだというものです。しかし、残念ながらそのような高温点は見つかりませんでした。

 これを近代的な科学の言葉に直し、現在まで生きている説にまで発展させたのは1955年に出版されたD.E.Leaの「生細胞に対する放射線の作用」という本です。私もこの本に魅せられて放射線生物学にのめり込むようになったのです。Leaは点熱の代わりにヒットという言葉を使いました。人に脳があるように、細胞には脳に相当する生命を司る大切な点、これを彼はターゲット(的)と呼びました、があるとします。放射線がこの点を1回なり2回なりヒットすると細胞は死ぬとして生存率を計算しそれが実験と良く合うこと、しかもこのターゲットの大きさが酵素やウイルスの失活などで調べるとその酵素、ウイルスそのものに合うことを示したのです。これを弾が的に当たるとして的弾説と呼んでいます。

 哺乳動物細胞の場合もヒットは電離とそれから始まる一連のエネルギー吸収としてよいでしょう。問題はターゲットのほうですが、はじめはこれをDNAあるいは染色体とし、哺乳動物細胞では遺伝子が2つ組になっているから2ヒットが必要ともっともらしく解釈されましたが、実際には計算上ヒット数がもっと多いものもあり、話はそんなに簡単ではなさそうです。しかし、ここではこの話にこれ以上深入りするのは止めましょう。なお、もう一つ何にもないのに急に毛が抜け落ちる話ですが、これはあとで組織の放射線感受性を論じる時までお預けにさせていただきます。

 

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