1999.10.1

 
   
  5. 100年前に何が起こったか:不思議なX線
 

 

 1895年の暮れにドイツのレントゲンが人体を透過する不思議な線を発見し、それをその通りX線と名付けて発表しました。このニュースは瞬く間に世界を駆けめぐり、おおくのひとが実験に取り組みました。そのなかにあって、X線の発生機構を解明しようと試みていたベクレルが、ウラン化合物からも同様の放射線が出ていることを偶然に見つけたのはその翌年1986年のことでした。その本体を探求していたキュリー夫妻によって1898年にラジュウムが発見されたのです。この放射線にはαβγ線があることが明らかになるのは世紀が変わった1902年のことです。今では自然放射線といものが太古からあったことは良く知られていますが、われわれが放射線の存在に気付き、それを人工的に使うようになってから100年余が経ったことになります。

  レントゲンの発表後最初に注目された傷害は皮膚の脱毛です。初期の放射線障害については館野之男訳編「原典 放射線障害」(東京大学出版会、1988)という便利な本があるので、そこから面白い話を1,2紹介しましょう。

 初めのは1896年4月10日号の"Science" に載ったJ.Danielの論文です。題は"The X-ray" というものです。

 「サイエンス編集者殿:研究室に装置があったので、われわれはレントゲン博士の論文が発表された数日後からX線の実験をしてみた。信頼できる文献に発表されている実験のほとんどはもちろん追試した。使用した装置は…・(中略)…・。

 もっとも興味深い知見は、X線の生理作用である。1月前われわれは頭部に入った弾丸の位置を確認するように依頼された。誤って弾丸を受けた子供のである。2月29日Dudley博士と私はこの症例の撮影の前に予備実験としてあまり強力でないわれわれの装置を用いて頭部を撮影してみることにした。Dudley博士は科学の役に立てばということでこの実験の被験者になった。乾板をいれたホルダーを頭の片側にしばりつけ、乾板と頭の間に貨幣を挿んだ。管球は反対側で作動するようにセットした。管球は毛髪から0.5インチ離し、一時間の曝射をした。乾板は現像しても何も写っていなかったが、実験から21日後の昨日、X線照射を受けた場所の毛髪がごっそり抜けた。この場所は現在まったく毛がなく、その直径は2インチである。これは管球の近傍のX線が出ているところの大きさと同じである。皮膚はまったく健康にみえ、今までのところ痛み、その他の障害が起こりそうな様子はない。この脱毛は、Dundley博士より先に私が気づいたが、われわれはそれまでX線に作用があることなど全然知らなかったので、しばし呆然としてその原因に気づかなかった。」

 痛くもかゆくもないのに、突如として毛が抜けるとは、当時のひとの驚く姿が目に見えるようです。しかし、こんなやさしい障害だけでなく、もっと激しい傷害は起こることがその翌週には報告されています。すなわち、同じ年の翌週4月18日のBritish Medical JournalのStevens博士の皮膚に対する障害作用という報告です。しかし、ここでは未だその原因がX線であることに気づいていないようです。

 「L.G.Stevensによると、この新しい方法に取り組んでいる人たちは多くの場合種々な皮膚障害を受けているという。彼が注目したある例は、X線の発見が報じられて以来主としてクリプトスコープを使って精力的にX線の実験を行っていた人たちであるが、実験室を訪ねてみてその人の皮膚の状態に目をひかれた。両眼は上下の眼瞼とも晴れて赤くなり、その腫れと発赤は、鼻翼。上唇に及んでいる。その場所はかゆくはないが非常に痛い。障害は両手の手掌および手首にも、また包皮にもある。手背には多少盛り上がった固い点々が何個か見られる。機能的な障害はない。このことと発疹の位置とから、発疹の原因は刺激であると結論できる。この人が使っていた物質はシアン化白金バリウムとシアン化白金カリウムとタングステン酸カルシウムである。

 以上のような事実は以前から知られていたが、その真の原因はおそらく、Stevens博士の結論とは多少違ったものであろう。同じ現象は他の研究者も経験しているし、シアン化白金を使っていない人にもある。これらの事実と、これまで本誌に寄せられている雪盲についての手紙から考えると、問題の発疹はどちらかといえば日焼けのような性質のものと思われる。もし、これが本当にそうなら太陽光線には通常の成分としてX線が含まれていることを示すものと思われるが、これはヨーロッパの人たちが前から主張しているところである。」

 ここではX線と紫外線とが混同されているようですが、少しづつ真相に近づいてくるようです。X線による皮膚障害がこのような皮膚炎だけでなく、致命的な皮膚がんが発生することがはっきりしたのは1902年になってからです。大分長くなりましたので、昔話はこの辺でやめてまた科学の話しに戻りましょう。

 

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