2000.3.1

 
   
  13.放射線でリンパ球に染色体異常が起こった、
   これは何を意味するか:生物学的線量計
 

 

 放射線に関係する新聞記事で、時々「リンパ球に染色体異常見られる」といった見出しがあり、その後に誰かの解説があり、染色体異常はがんに見られるのでがんのリスクがある、と書かれているようなことがありました。これは本当でしょうか。

 染色体というのは遺伝子をになっている本体ですからその異常は一種の突然変異に相当します。体細胞の突然変異一般については前回(12)に説明しました。そこでここではリンパ球に見られる染色体異常の意味に限って考えてみることにします。リンパ球というのはご承知のように免疫に関係した血球の一つです。それが末梢の血管を流れているときは、成熟した形で特別な刺激がないと分裂しません。その染色体を見るためには、採血して試験管のなかで特別の分裂刺激剤を与えて無理に分裂するような状態にして、その分裂の途中で止めて染色体をみるわけです。人の場合46本の染色体がありますが、それを顕微鏡の下で観察してその形の異常があるかないかを調べるのですが、異常の程度、型によって見つけ方に当然難易があります。

 そこで普通染色体異常と言っているのは、二つの染色体がくっついた二動原体異常というのと、染色体が丸く環状になったリングというのを数えます。兎に角異常のあるのは1,000に一つ、多くても100に一つというのですから、こういう見つけ易いものを探して数えるということになるのです。このような異常を持った細胞は次に分裂をしようとしてもうまく染色体が左右に分かれることが出来ないので、そこで多くの細胞は死んでしまいます。その意味でこのような異常を不安定型の異常と言います。だから初めはこの様な異常はすぐに体から消えてしまって見られないだろうと思われていたのです。ところが放射線治療などで大量の放射線を受けたあと数年経っても見られることが分かりました。それでリンパ球は長い寿命を持っていて異常を持った細胞が長い間分裂もしないで体のなかを回っているということが分かったのです。私は昔これを利用してリンパ球の体内の動き(動態)について論文を書いたことがあります。

 それではそんなに消えてしまうような異常を見つけても病気とは関係がなく、仕方がないではないか、と思われるかも知れません。そうです、このような異常は健康とは直接関係はありません。しかし、受けた放射線の量即ち線量と密接に関係しているのです。試験管の中で一定の線量を照射した時の異常の量と末梢血から得られた異常の量を比較することでその人が受けた線量を推定することが出来るのです。このようなものを生物学的線量測定といいます。今度のJCOの事故の時のように線量計を付けていない時に威力を発揮するのです。勿論これは普通の線量計のように目盛りを見てすぐに値が分かるとうように簡単にはいきません。うまく標本を作るところから、何千という細胞を顕微鏡の下で観察して異常を見つけるという、長年の修練と根気のいる仕事をしなければなりません。幸い我が国にはこの方面の専門家が何人かおられたので、その協力で今JCO事故の後の線量推定がこの方法で進められているのです。

 染色体異常には見方を工夫すればもっと他の形のものも見られるのです。それには最近の新しい技術が大いに役立っていますし、これを使えばもっといろいろの事が分かる可能性があり、目下そのような研究が進んでいますが、それはまた機会を改めて書くことにしましょう。  

 

 

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