2000.2.1

 
   
  12.からだの細胞の突然変異は何を意味するか:
   老化? がん化?
 

 

 前回に性細胞に起こる突然変異の話をしました。遺伝学者の思いこみに反して人では放射線による突然変異の誘発が問題にならないと結論しました。最近この方面の世界的な権威で遺伝学者のサンカナナラヤナン博士が東京で講演し、このことについて「我々は自然の妙について十分に知らずに放射線の作用ばかりに気を取られいたのだ」と反省の言葉で講演を締めくくったそうです。同じ事はからだの細胞の場合にもないか、気を付けてこの問題を調べてみましょう。

 1950年頃放射線の作用では何より遺伝的影響即ち放射線による突然変異の誘発が関心を集めていました。その頃にまた放射線による寿命の短縮ということが言われ1958年の国際放射線防護委員会の勧告には放射線の一つの重要な障害としてとりあげられたのです。これは後に誤りであることが分かりその後の勧告ではなくなりましたが、その事は別にお話することにします。しかし、放射線によって寿命が短縮する、即ち老化が促進されると考えられ、その説明として体細胞の突然変異説というのが主張されたのです。しかし当時体細胞の突然変異を調べる良い方法がありません。その代わりに調べられたのは染色体異常です。ブルックヘブン国立研究所のカーチス博士はネズミの肝臓の細胞で放射線を連続して照射すると染色体異常が段々とたまり、それが寿命の短いネズミほど早いことを報告しました。またネズミとイヌとを比較して寿命の短いネズミのほうが早く染色体異常が早く溜まることを示しました。この様な現象の間の相関は見られましたが、それ以上の積極的な証拠を見出せず、残念ながら途中でカーチス博士の死でこの仕事は中断したままになりました。しかし、この仕事は当時は斬新に見えて多くの人の関心を引きました。私もこれに惹かれてその後、体細胞の突然変異の研究を始めるようになったのです。

 その後、体細胞の突然変異を調べる方法が発展し、体細胞も性細胞とほぼ同じ程度に突然変異を起こすことが分かってきました。一方でがん細胞は多くの遺伝子に突然変異を持っていることが分かってくると、当然この両者が結び付けられて放射線による突然変異が放射線発がんの原因であるという説が有力になってきました。この突然変異は当然DNAの変化ですから、放射線によってDNAに傷が付けばそれが元で突然変異が生じるという考えが自然に出てきます。じつはDNAに傷から最終的な突然変異までの途中は必ずしも明確ではないのですが、DNAの傷の修復に誤りがあるか、修復が100%完全でなければ、必ず突然変異になると考えて不思議はありません。こうして国際放射線防護委員会の言う“放射線はどんなに微量でも害をおよぼす恐れがある”という結論が引き出されたのです。

 しかし、最近事はそれ程単純でないことが段々と分かってきました。(i)動物実験で多くの腫瘍を作るがん(固形腫瘍)では、発生率は放射線の時間的な当て方(線量率)によらないことが示されていますが、突然変異率はこの線量率に大きく依存するのです。(ii)細胞実験では突然変異の他に悪性化(トランスフォーメイション)を調べることが出来るようになりましたが、それによると線量反応曲線がこの両者で大きく違うのです。(iii)試験管のなかで細胞の突然変異を調べたときに見られるDNAの変化と、放射線によって出来たと考えられる腫瘍に見られるDNAの変化とはこれまた大きく違うのです。等々、未だその本体は良く分かってはいませんが、何か複雑な現象が放射線を受けてからがんが出来るまでにはありそうです。ことに放射線が当たらなくとも、自然のがん(いわば原因不明の日常に見られるがん)があるので、放射線はその過程に何らかの作用をしていると考えたほうが良さそうです。

 今日の話は謎解きのつもりがかえって謎を深める結果になってしまいました。次回は出直してもっと具体的な問題からはいり直すことにしましょう。

 

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