2015.12.2
 
Books (環境と健康Vol.28 No. 4より)

 

坂井克之 著

科学の現場−研究者はそこで何をしているのか


(株)河出書房新社 ¥1,400+税
2015 年 2 月 28 日発行 ISBN 978-4-309-62480-8

 

 

 著者はまえがきで、(1)自然の真理を追究する学問と(2)人間の営みとしての科学の 2 面性を指摘している。すなわち科学が真理を追究する過程とするならば、絶対的な真理として君臨するのでなく、生々しい人間の営みとして捉えるべきだとの主張である。

 最初にその両面の軋轢から生じた、2000 年以降の我が国の科学研究上の出来事を、現代科学の光と闇として取り上げている。続いて科学と、その応用としての技術を混同した現代科学の特性についての考察の後、人間の営みとしての科学を研究者、組織、そして社会の立場から取り上げ、最後に研究者の道を志す若者への提言を行っている。著者は東大医学部准教授の職を定年前に辞した、脳科学の第1 線の研究者であっただけに、抽象的科学論とは異なり、科学の世界の生々しい現実が生き生きと伝わってくる。

 本来の科学研究は、それぞれの科学者の純粋な真理探究の衝動と、厳正な客観性を持って検証する作業の繰り返しで、その得られた新しい知識には普遍性がある。やがてその普遍的知識に対して新しい疑問が発生し、果てしなく真理探究の旅が続けられる。ところが研究費にからんで、社会に役立つ科学というメッセージが発信されると、普遍性を目指す科学の進歩が功利的なものへと変質される恐れがある。すなわち当初の純粋な探究心を持って志した研究者が、社会的地位を獲得するにつれて組織の一員としての振る舞いが求められ、社会に迎合した研究提案や情報発信をすることになるのである。

 研究者が、「研究すること自体を楽しいと感じているか」、「予想と異なる結果が得られた場合、わくわくするかどうか」を常に自問自答しながら、苦労して書き上げた論文が、着想の独自性と論理性が評価されて、学術誌に採択された時に感じる喜びは何にも代えがたいものであり、その有限の研究者の真理への近づきが次世代に引き継がれて、無限の科学の発展に連なるのである。研究者を志す若者に対しては、厳正な自然の真理を自らの手で解き明かすという職業は、魅力的に見えるかもしれないが、社会的評価を得て生活する手段としては大きなリスクを伴うことを自覚した上で、なおも科学を志した時の新鮮な気持ちを持ち続ける意思の強さを求めている。

山岸秀夫(編集委員)