2015.9.2
 
Books (環境と健康Vol.28 No. 3より)

 

スヴァンテ・ペーポ 著(野中香方子 訳)

ネアンデルタール人は私たちと交配した


(株)文芸春秋、¥1,750+税
2015 年 6 月 30 日発行 ISBN978-16-390204-3

 

 

 40〜30 万年前に出現し、およそ3万年前に姿を消したとされるネアンデルタール人と我々現生人類との関係には諸説あったが、我々の遺伝子に彼らの遺伝子が 1〜4%は混じっているとする驚くべき発見の物語である。

 ドイツ・ライプツィヒのマックス・プランク人類研究所の遺伝学部門ディレクターをつとめる著者は希少なネアンデルタール人の化石から苦心して取り出した細胞核 DNA 検索の結果、ネアンデルタール人と我々人類との間に交配があった確かな手掛かりを得た。DNA は生物の死後、破壊されてゆくので 4 万年前のネアンデルタール人の化石の骨からこれを取り出すことは僥倖としか言えない。また化石にはそれに触れた人間の DNA や死後骨を破壊したバクテリアの DNA が混入している。しかし乏しい DNA を大幅に増殖するポリメラーゼ連鎖反応法と大型コンピュータによるデータ処理法を駆使してこの困難を乗り越えてゆく。

 1996 年、著者らはボンのライン州立博物館収蔵のネアンデルタール人の骨から抽出したミトコンドリア DNA(16,500 塩基対)が現生人類のDNA と類似点がないことを苦心の末に確認する。この結果は人のミトコンドリア DNA を遡ると 20 万年から 30 万年前のアフリカにいた一人の女性(ミトコンドリ・イブ)に辿りつくという人類のアフリカ単一起源説を支持するものであった。しかしミトコンドリア DNA は母親を介し女系のみで継承されてゆく遺伝情報なので、両親からの遺伝子を等分に持つネアンデルタール人の核 DNA(64 億塩基対)を調べる必要があった。

 幸い彼は 1997 年、ドイツ・ドレスデンの 4 部門、400 人の職員からなるマックス・プランク研究所の設立に参加する。主要メンバーはアメリカ、スイス、イギリス、そしてスエーデンと何れもドイツ人ではなく、国際的でかつ実利とは無縁な人類学の研究に、巨額の資金援助をするドイツという国の懐の深さにも感嘆する。2000 年、少量の DNA 断片をつなぎ合わせるシーケンス法の改良に参加し、2006 年、30 億ヌクレオチドの配列を得るための大量処理型器械の使用料 500 万ドルの援助をマックス・プランク協会から受けて、2 年以内の全ゲノム解読を宣言する。

 クロアチア・ヴィンディア洞窟の化石ではネアンデルタール人の DNA 情報は 4%以下と乏しかったが、これから抽出したデータを基に 256 台のコンピュータを使い、AGCT の 4 種類の核酸からなるゲノムの解読をしてゆく。これはコンピュータを駆使して偽情報を排除しつつ暗号を解読してゆく作業を思わせる。その結果、アフリカを出たネアンデルタール人と、その後にアフリカを出た我々の祖先とが中東で出会い、彼らの遺伝子を 1〜4%受けた現生人類がその後ヨーロッパ、アジア、ポリネシアなどへと広く世界に拡散して行ったとする結論に達する。そして 2010 年、これらの結果をサイエンスに発表し大きな反響と年間最優秀論文の栄を受ける。

本庄 巌(編集委員)