2014.12.1
 
Books (環境と健康Vol.27 No. 4より)

 

ノーム・チョムスキー、ラリー・ポーク 著(吉田 裕 訳)

複雑化する世界、単純化する欲望
−核戦争と破滅に向かう環境世界


花伝社 ¥1,600+税
2014 年 8 月 1 日発行 ISBN 978-4-7634-0704-7

 

 

 原著タイトルは、副題に近い「核戦争と環境破滅(Nuclear War and Environmental Catastrophe, 2013)」であり、和訳タイトルの「単純化する欲望」とは、「超大国の欲望」を指している。本書は、その超大国、米国から発信された良心の告白である。本書には、「福島」という固有名詞は出てこないが、その見開きページに出ている、「福島避難地域から郡山まで来た子供たちの放射線量をチェックする」ロイター通信の写真がその全てを語っている。

 現在の人類の生存の危機にあたって、本書では、米国の著名なこの二人の知識人の間で 2010 〜 2012 年に行われた対話形式の 8 つの問題提起が示され、(1)破滅に向かう環境世界、(2)大学と異議申し立て、(3)戦争の毒性、(4)核の脅威、(5)中国とグリーン革命、(6)研究と宗教、(7)驚異的な人びと、(8)相互確証信頼からなっている。アーティストでありジャーナリストでもあるL. ポークの問題提起に対して応答する、国際的言語学者の N. チョムスキーの分析は冴えわたっている。米国の政治、経済、歴史をその内部で見つつ生きてきた人間にしか成し得ないような証言者としての発言が目につく。その上、限られたマスコミ情報の中に埋没している私どもにとって、その公開資料の充実ぶりに圧倒される。しかも世界中のそれぞれの固有の運動に対して、超大国の独善を排し、分断を越えて相手と接続しようとする、しなやかな低い目線に好感を抱く。そして、「未来の世代である私たち及び生物圏が核戦争と環境災害を生き延びようとするならば、協調しつつ創造的に生きることは急進的というよりも現実的な提起である」と序文で指摘している。

 先ず 1 章では、自然環境破壊のお荷物となっている米国と、最貧国ではあるが「自然に権利を認める法」を可決したボリビアを対比して取り上げている。2 章と 6 章では、米国での軍産学複合の歴史を語り、「自由」が最も問われる場として、大学を位置付けている。もう一つの経済的な意味での「自由」に関しては、6 章と 8 章で、営利を追求する「自由」でなく、共有財(コモンズ)を守ろうとする「自由」に視点を置いている。本書の主眼である 4 章の「核の脅威」の中では、超大国間の冷戦終結後も核戦争の重大な危機をはらんだ時局に対して、「長期にわたる可能性の低い出来事というのは、可能性が低くない事」と断じている。その一例として、米国の支援の下で核兵器の保有を拡大したインド、パキスタン、両国間の継続する無数の緊迫状態があげられており、イスラエル、イランを含むそれぞれの核抑止力に対抗して築かれたインド洋上のディエゴ・ガルシア島にある米国の軍事基地での、大型地中貫通爆弾の開発とテストが 2009 年に許可されたこと、中国近海の制海権に対して、オーストラリアから沖縄、韓国済州島に到る新米軍基地建設の構図も挙げられている。いずれも強国の覇権主義による「古典的安全保障のジレンマ」を見る思いであり、知れば知るほど極めて悲観的な現実であるが、それを乗り越える人類の意志の強さを信じる楽天主義が本書の救いでもある。それと言うのも、戦前の日本では考えられなかったような国家機密をも政府が情報公開し、マスコミが報道できる、米国に根付いた「自由」に、アメリカ民主主義の成熟を感じさせるからである。        

       

山岸秀夫(編集委員)