2013.12.2
 
Books (環境と健康Vol.26 No. 4より)

 

J・リー、N・マッコーミック 著(西原英晃 監訳)

原子力発電システムのリスク評価と安全解析


(株)丸善出版 ¥ 18,000+税
2013 年 6 月 20 日発行 ISBN 978-4-621-08631-5

 

 

 3.11 の最初の衝撃の直後、原子力の専門家の多くは「大きな地震だ、しかし原子炉は緊急停止するので大丈夫だろう」と思い、また願ったに違いない。そしてその通りに原子炉は止まった。彼らは、原子力安全の要諦は「止める、冷やす、閉じ込める」であり、大地震のあとでもそのようにシナリオは進んでくれるものと思っていた。ところが予期しない大津波による冷却の失敗、閉じ込めの失敗で今日の事態を招いてしまった。余りにも想定外の要素が多すぎた。

 IAEA(国際原子力機関)は、原子力安全に対して次の 5 つのレベルからなる深層防護の考え方を採っている。(1)異常運転や故障の防止、(2)異常運転の制御と故障の検知、(3)設計基準内への事故の制御、(4)事故の進展防止と過酷事故の影響緩和、(5)大規模な放射性物質の放出による放射線影響緩和などである。しかし、「止める、冷やす、閉じ込める」はそのうち最初の部分に留まる。しかも 3.11 ではそれすら防護できなかった。

 従来、わが国の原子力安全規制の考え方は上の最初の 3 層に留まっており、それ以下の層についての議論はされていたが、実態は事業者任せとなっていた。その理由には多々あろうが、最初の 3 層を守ったあとの過酷事故へのリスク論的進展を含む議論は確率論的なものであり、規制にはなじまないとされてきたからである。

 本書の原典は、3.11 の直後の 7 月に出版された米国原子力工学科の学部学生・大学院初級生向けの教科書である。不十分ながら福島原発事故の記述もある。福島事故発生直後、氾濫する情報の中で本書が監訳者の目に留まった。著者のリー教授、マッコーミック教授とは旧知の間柄でもある。その内容はわが国の原子力技術者の基礎教育の段階では欠落していた多くの部分を体系化したものと思われ、また残念ながら後日の翻訳作業でもこのことが確認された。スリーマイル島原発事故以降、原発建設の進まない米国で地道な基礎研究、人材育成が進んでいたことに今更のように彼我の差を感じた。

 翻訳作業は、原子力研究開発機構で過酷事故を専門に研究されてきた現・京都大学の杉本純教授と同機構で確率論的リスク評価研究を中心的に推進されてきた現・東京都市大学の村松健教授という、多忙を極める斯界第一人者の尽力で進められた。福島発電所事故については、杉本教授による最新情報をもとに原著者によって加筆修正された原稿によった。また、リスク承知で出版に踏み切られた丸善出版鰍フ英断があってこそ本書の出版は実現した。監訳者としてこの紙面を借り改めて謝意を表したい。

 蛇足ながら、本書の出版直後の 7 月 8 日、原子力規制委員会による原子力発電所の新しい規制基準が施行された。そのなかには上に述べた過酷事故対策やテロ対策など、従来不十分であった深層防護の考え方が含まれる。今後、新たにこの重要な分野を専攻されようとする工学系の学生・院生諸君の教科書・参考書としてはもちろん、新しい対応が必須となる原子力安全担当技術者各層の座右の書として、本書が日常的に紐解かれることを願うものである。

西原英晃(監訳者)