2013.6.3
 
Books (環境と健康Vol.26 No. 2より)

 

美馬達哉 著

リスク化される身体
−現代医学と統治のテクノロジー


青土社 ¥2,400+税
2012 年 12 月 12 日発行 ISBN 978-4-7917-6667-3

 

 

 著者は現役の臨床脳生理学者であり、あとがきに記されているように、本書はリスクをキーワードとして論じた、医療社会学の皮を被った批判的な社会理論である。

 先ず題名の「リスク化される身体」とは、個人としての病人でなく、検査数値、行動パターン、ライフスタイルなどのリスクによって数値化された身体を意味している。そこから医学的な監視の対象が、病人だけでなく健康人にまで拡大し、身体内部に病因を探そうとするのでなく、食生活や運動習慣などのライフスタイルまでをも対象とするにいたった事態を「正常性の問題化」として取り上げている。この視点から、メタボリックシンドロームやインフルエンザのリスクパニックを論じ、グローバリゼーションによる福祉国家の危機を指摘している。また患者からの安全への欲望と医療の現実の間にあるギャップをリスク論として取り上げている。精神科学に関しては、神経経済学への傾斜を危倶している。

 最終章では、リスク社会 1986/2011 と題して、「チェルノブイリ」と「フクシマ」を取り上げ、1970 年代以降の社会では、科学技術のプラス面としての財の公正分配だけでなく、そのマイナス面としてのリスクをどう取り扱うかが問題であるとしている。その上で、確率を計算できるものをリスク、そうでないものを不確実性として区別している。そして、リスクを計測するだけでなく、そのリスク情報を自分で解釈し、意味づけ、発信し、既成メディアによって流されるリスク解釈を打ち捨てる人びとの立場への共感を示している。その意味では、複雑なシステムとしての身体のリスクの低減を図りながらも、不確実性に対処するのは、それぞれの個人の意思に委ねられていると言えよう。本書は、従来のパターナリズムとリスク医学の狭間で概念化した、現代医療倫理に一石を投じるものである。

山岸秀夫(編集委員)