2010.5.28
 
Books (環境と健康Vol.23 No. 2より)

 

 前田 塁 著

紙の本が亡びるとき?


青土社 ¥1,900+税
2010 年 1 月 17 日発行 ISBN978-4-7917-6531-7

 

 

 著者は文芸批評家であるが、何よりも本書の題名に惹かれて手にした。本誌「環境と健康」もネット文化の中で、デジタル化した電子媒体として変身し多くの読者の目に触れることを目指しているからである。全10 章からなるが、最初の 3 章を割いてネットワークの環境下での文学の様態について論じた後、過去と現在の文学の環境及びそのネット環境下での未来像を描いている。

 先ず紙の本が電子化されるのは消費社会における商品としての側面であって、それまで本がもっていた「固着性の地雷」の性格が雪崩的崩壊を起こして、ページのバラ売りによって知が断片化されることになる。これまでの紙の本には、「本」という文字が「人」が「十字架」に架かって出来ているように、それ自体の美的価値や作品に内在する価値体系があり、その判断を少数のパトロン的消費者に委ねていた。ところが大量消費社会のネット文化の中で、メディアの架空の信用が新たな神として登場し、作品の価値が左右される事を懸念している。しかし他方、引用業績を主目的とする学術出版や、助成金や自費での出版を前提にする中小出版社にとっては、本屋の片隅から抜け出して共通の土俵に上がるチャンスでもある。その他に、これまでの国語教科書に一様に引用された近代小説がメディアゲートとなった負の前例やネット文化の基軸言語(普遍語)が英米語であるにせよ、日本語など各種民族言語に内在する美しさ、詩的表現の残された可能性など、文芸界の話題も数多く取り上げられている。

 言語は自己が外部と繋がる場所であり、その所有欲を満たすインターネット文化は、人間的自由が息づく職人的組合原理の働く無産者の場所であり、その新しい革袋で発酵し、淘汰される文芸界の未来に注目している。「本」から「人」が立ち去った後の一文字である。

山岸秀夫(編集委員)