2008.12.4
 
Books (環境と健康Vol.21 No. 3より)

 

永田和宏 著

タンパク質の一生−生命活動の舞台裏


岩波新書(新赤版) ¥700 +税
2008 年 6 月 20 日発行 ISBN978-4-00-431139-3

 

 

 本書の著者は、細胞生物学の分野を代表する科学者であると共に、結社「塔」を代表する歌人でもある。しかも本書は、著者にとっては初めての単著の科学的著作であるので、その歌人としての「生命観」のほとばしりを期待して本書を開いた。目次を見ると、第 1 章 タンパク質の住む世界−細胞という小宇宙、第 2 章 誕生−遺伝暗号を読み解く、第 3 章 成長−細胞内の名脇役、分子シャペロン、第 4 章 輸送−細胞内物流システム、第5 章 輪廻転生−生命維持のための死、第 6 章 タンパク質の品質管理−その破綻としての病態、というように、歌人としてのセンスを生かした章立てとなっている。

 最初の 2 章で、分子細胞生物学の小テキストとも言える内容を、小気味良いタッチで分かりやすく概観した後、第3 章以下で著者自身が切り開いたタンパク質の輪廻転生の世界へと読者を導く。遺伝情報は単純な1 次元の生命の設計図にすぎないが、それから読み取られたアミノ酸の情報は、タンパク質の高次元の情報として、細胞内で役立てられる。このとき正しい立体構造をとるのに深く関るのが、「分子の介添え役」としての分子シャペロンである。ここでは著者自身が 16 年もかけて同定に成功した「コラーゲンに特異的に働く分子シャペロン」としての HSP47 発見の物語が感動的に描かれている。最初に発見された代表的な分子シャペロンは熱ショックタンパク質の HSP70 で、細胞が40 度以上の高温にさらされる等のストレスを受けると誘導されてくるタンパク質である。すなわちストレスに耐えて、タンパク質が成熟するのを介添えする役割を果たしている。本号の「NPO のページ」で紹介されている温熱療法の前に立ちはだかって、熱感受性のがん細胞を守っているのも、この熱ショックタンパク質である。もっとも本号では、殺細胞効果のある 43 度以下でも血流増加などの多様な温熱効果が指摘されている。

 したがって、介添え役が見落としたタンパク質の成熟過程では、多くの不良品が産生される。ここでは不良品を弁別して、正しい形のタンパク質だけを細胞内に流通させる品質管理のシステムが分かり易く述べられている。しかし、この品質管理は必ずしも完全なものでなく、そのいい加減さは、それをカバーするバックアップシステムでより厳密にするという戦略である。何か人間社会の生産、流通機構も、細胞のリスクマネージメントから学ぶところが多いようである。不良品には何回も介添え役が働いて、正しい製品へ再生されるけれども、限度があって、やがて全てのタンパク質は寿命を経て、不良品として壊され、排泄されたり、再びアミノ酸としてリサイクルされ、タンパク質合成の素材となる。すなわち、タンパク質の輪廻転生である。

 最後に、この分子シャペロンの異常として細胞内のリスクマネージメントが破綻すると生ずる病態が取り上げられている。白内障をはじめ、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、プリオン病(BSE など)などの難病である。「あとがき」には、やがてはこのような難病治療にも光明が射し込むことを暗示する、基礎的研究への信頼がこめられている。

 

山岸秀夫(編集委員)