2006.7.13
 
(環境と健康Vol.19 No. 2より)


がん温熱療法の盛衰と新しい流れ


菅原 努

 

前書き

 まえに本誌の18巻5号で「がん温熱療法はさきがけ技術である」として、新しい医学としてのサーモトロンによるがん温熱療法を中心に解説しました。今回はそれを我が国でのそこに至るまでの経過を装置メーカーの数や種類、学会員数の変遷、アンケートの結果 など、公開された資料をもとに展望してみようと思います。これはがん治療に限らず、新しい考え方に基づく技術が発展していくときに典型的な形ではないかと思います。何か新 しい考えがでると、わっと人々はそれに群がります。しかしことはそう簡単にはいきませ ん。次々と挫折しては戦線から離脱するものが現われます。そうして最後に本物だけが残 り、そこから新しい流れが始まるのです。その実態をがん温熱療法の発展のなかから読み 取れたらと思います。

はじめに

 ハイパーサーミアはどのように医療に利用され、どのような患者に効果が出ているとか 等、関係者一同日々努力されているわけですが、今回は少し違った立場からハイパーサーミアの歴史を分析してみたいと思います。
 いろいろな新しい技術を本当にわれわれの立場で環境とか健康に役立つような、本当にいいものを世界に広めていきたいとして昨年5月に「NPO法人さきがけ技術振興会」を 設立いたしました。本当にいいものをどうすれば世界にひろめていけるのか、それにはい ろいろな器材が世の中にどのように受け入れられて、どう変化して発達していったかとい うことを調べる必要があります。
 患者があり医者があり医療があるわけですが、もう少し大きな立場で見ると社会があり医療器材としてのメーカーがいて、それから病院があり患者がいて、そういうものを学問 として進めるために学会という組織があります。このように少しマクロ的な立場でハイパーサーミア(がんの温熱療法)が、医療に対しどのように携わってきたかということを 学会誌などの資料をもとに調べ、それを述べたいと思います。

わが国のハイパーサーミアのあゆみ

 まず最初の大きな変化は、1993年に「日本ハイパーサーミア学会」が設立10周年に なった時に、「わが国のハイパーサーミア研究のあゆみ(医療科学社発行)」を学会が編集 して10年間の経過をわかるようにまとめたものに見られます。そのときの発展の姿を描 いたものが図1で、1981年からいろいろな装置が作られ次々と実用化され多くのメーカーのよって数々の装置を作られそれが普及していった形を読み取ることが出来ます。こ の図1は、アンケートに答えた119施設145台で、Thermotron-RF8とかThermox- 500とか、多くのメーカーが同じようなキャパシティーの装置を製造していたことを示し ています。
 表1は、その時わが国の局所加温装置のその当時の機種名、製造国名、周波数、設置台数についてアンケートをとり、レスポンスがあった概況を示したものです。多くの機種が あったほかに、多くレスポンスを得たものほど装置を熱心に扱ってくれていると考えてよ いでしょう。

 マイクロ波のメーカーは外国製ではスウェーデン、米国製のものもあり、そして今でも存続しているBSDという会社が少しマイクロ波の違うモノを製造していました。RFでは サーモックスと、サーモトロンが一番で、その他にはEndoradiothermという器械があり、これは腔内加温で食道の中へ電極を入れて行うという少し変わった装置です。 このように当時多くのメーカーがありましたが、日本においての大きな特徴は、この学会に図2で見られるように臨床各科を含む多くの分野の人が参加したということです。この点が今 後外国との比較を考える時に特に問題になるところで、アメリカやヨーロッパなど外国で はほとんどが放射線科だけでやっていますが、日本では放射線科は全体からみてそんなに 多くはなく、その当時では日本全体で1,230人の学会員がいて、その中で放射線科は3 分の1位で、その他に外科、内科や他の科があります。この点が外国とは大きく相違しています。

図1 加温装置設置の年次推移(1991年12月末現在)

図2 学会員の専門別%(1991−93)

 その後どのように学会員数の変化が見られたかというと、図3に見られるように、最初は会員数が増えましたが1,200人を越えてくると、1993〜1994年から次第に減少し て現在に至っております。
 また、学会員が減少しただけでなく装置の数も、その後どのように作られて何台くらい普及しているかを調べてみました。図4ではどれ位の会社がハイパーサーミアの装置を作っていたかを、学会誌に掲載されている広告をもとに比べたものです。なぜなら広告を 出しているということは、大いに宣伝していると考えられるからです。新しい装置が出た り消えたりしながら1993年位からだんだん下降し、1990年から新しいメーカーが出なくなり一方的に減少していき、現在残っているのは山本ビニター社製のサーモトロンだ けになりました。今ではがん温熱療法(ハイパーサーミア)といえばサーモトロンと言われていますが、実はそうではなく、多くの会社が手掛けたが、なぜかみな消えてしまった のです。何故そうなったのかということは確かに大きな問題ですが、今回はそのような技 術的なことは別にしまして、この現実をみていただきたいと思います。


図3 日本ハイパーサーミア学会会員の年次推移


 

図4 がん温熱治療装置の変遷


 また、国際会議の出席者数でも同じような状況があります(図5)、国際会議の場所は初めにワシントンD.C.、次がドイツのエッセン、第三回はコロラドのフォートコリンズ、第四回がデンマークのオーフスで、そこまでは順調に参加者が増え、その次に私が1988年 に京都で開催した時には更に増えました。しかし、それがピークで、それ以降も引き続き 北米、ヨーロッパ、アジアと回っていますが、参加者は徐々に減少し、最近では200〜 300人しかありません。

図5 第1回から第9回国際会議の出席者数の推移

最近の状況

 では、最近どんな装置が実際に使用されているかを調べました。(表2)、最近2年間のハイパーサーミア学会の一般演題の臨床の部の中で使用されている装置は、2004年は、 サーモトロンだけ、あとは全身加温とか組織内加温とか新しい開発した試験的な装置です。 2005年ではオリンパスでは腔内加温、食道加温、オムロンの古い機械しかなく、あとは全身加温のほかに中国の超音波の装置がありますが、その他は全部サーモトロンです。したがって最近実際に使用されているのはほとんどがサーモトロンだけになっているのでは ないかと考えられます。

表2 日本ハイパーサーミア学会 一般演題:臨床の部


 また、最近学会の方でアンケートをとりまして(表3)、その結果が昨年の学会で発表されました。それによりますと、平成14〜16年にわたってあわせて53のハイパーサーミアをやっていると考えられる医療機関へアンケートを送り、実際に回答が得られたのは その半分以下でした。その内訳はサーモトロンが23件、プロスエイト(前立腺治療器)1 件、オムロンのサーモックス1件(現在は発売されていない)を使用していると回答がありました。
 次にこのアンケートで患者にどれ位の加温回数をしているのか(図6)を調べています。 放射線併用で6回、化学療法・化学放射線療法ではもっと多くの回数を要していました。 ご存知のように現在の健康保険点数は最初は放射線との併用で、そのときに決められたの は一連という基準です。すなわち、週1回6週間・放射線との併用、したがって全部で6 回ということで保険点数が決められました。他の療法との併用または単独ではもっと多く の加温回数が必要なのに、結果的には当初の一番少ない回数で決められた保険点数になってしまい、現状の治療回数とはうまくマッチしないことになっています。これはわれわれ 学会に関係したものにも責任はあるわけで、学会としてその改正に努力しておられると聞 いています。でも現状ではなかなか難しい問題のようです。

図6 併用療法別の患者数と平均加温回数

 装置の機種では、唯一サーモトロンだけが残っていますが、それが最近でも増加しています(図7)。初めの二つは、私が「ハイパーサーミア」という本を初版・第2版を出した時に、山本ビニターに問い合わせて書いた台数で、初めが20数台であったのが次に50台になりました。次の1996年はすべての「がん」に保険適用が決まった年で、山本ビニ ターがハイパーサーミア情報誌[サーモトロンUP DATE]の「号外」を出しました。その「号外」に記載してある全国の施設名のサーモトロンは70台近くあったということです。 その内訳は当初は国公立の病院がすごい勢いで増加しました。ところが最近は減少傾向に あります。この一番新しいデータは、私どもが発信している百万遍ネットのホームページ に設置している病院名を掲載しているものを数えたものです。この場合には一部の病院か ら、勝手に名前を掲載されては困ると言われ、今は個々の設置病院に事前にお願いをして 許可を得て掲載しています。例えば、テリトリーでいうと地元の京大病院は、ホームペー ジへの掲載は止めてくれとの依頼があり載せておりません。それらの理由でここに記載し た設置数は減少していますが、実数は正確には分りませんが、これより多いでしょう。少 なくとも現在活発に使用されているのが約60台位あると考えられます。しかしここで注 目すべきことは、この中で国公立の病院は減少してきていますが、逆に私立の病院は急激 に増加してきており、特にそのなかで200床以下の病院・診療所が全体の86%を占めて いるということです。いろいろな理由が考えられますが、今回は現状を見ていただくとい うことで詳細の説明は控えたいと思います。

図7 Thermotron RF-8 の国内設置病院数の変遷

 次に、「日本ハイパーサーミア学会」の会員人数が減少しているが、どの科の人数が減少したかを調べてみました(図8)。このグラフは最盛期の1991〜1993年の3カ年の平均に対し、最近3カ年の平均をとり、それが最盛期の何%ぐらいになるかを各科で比較してみたものです。主に減少しているのは泌尿器科と脳外科、特に残念なのは生物系が減 少していること、今後の様々なメカニズムを調査するうえでも生物系の人材を育てて行か なければならないと思います。
 さらに注目すべきことは、「その他」が増加していることです。この「その他」は学会の評議委員会の資料として学会誌に掲載してあります。それを調べると、「その他」の中にま た「その他」があります、ここにその他としたなかに放射線技師と看護師は明確に区別し て記載されており、それ以外の「その他」というのがありますがその内訳は何かがよく判 りません。ある意味では「その他」が増加しているということは、パラメディカルやコメ ディカルとも言うべき人達が増えているということではないかと思われます。特にハイパーサーミアを推進していくにはこれらのコメディカルの力が重要で、その協力なくしては患者さんにやさしい治療としての発展が難しいわけですが、そこのところを学会として 将来どのように対策を考えるか、また活躍しやすい場所というものを考慮していただく必 要があるのではないかと思います。

図8 専門別会員数の変化率

討論と結論

 まとめてみますと、医療器メーカーは9社あり、当初次々と参入してきたが1994年頃から減少が始まり2001年以降1社のみとなった。それに対応して学会員数も減少しましたが、メーカーが撤退しなければならなかった理由は何なのか、あるいは逆にこういう装置を使用された先生がたは一体どのように理解されているのかを解明していく必要が あります。
 一般的に言えば、このように多くの企業が多くの違った方法を開発し、それを市場で競うというのは、新しい技術の展開の姿としては極めてよく見られることではないかと思わ れます。これは将来の課題です。しかし、科学技術は日進月歩です。がん温熱療法についても現に学会ではいろんな研究開発の報告がなされています。しかし、それらも臨床での 活用、ことに日常での治療に使われるにはなかなか至りません。今後さらにがん温熱療法 が発達していくためには、やはり多くの装置の競争が必要です。薬の開発が次第に世界的 な大企業の独占のようになっていきつつある現状からみて、治療装置の発展には制度的にも、資金的にも特別の国としての配慮が望まれます。
 また、健康保険点数の問題があります。この点数は放射線と併用に基づいて当初決められたままになっているということ、その他の併用または単独の場合は治療回数が多く必要 であるということ。
 しかし、患者主体の治療に取り組む病院が最近着実に増加している傾向が、図7などで解釈できるのではないでしょうか。この傾向は学会員として各科別にも見うけられ、パラメディカルの人が非常に努力をしていただいているのではないかということです。現在も 活躍している山本ビニター社製のサーモトロンは、中小病院を中心にさらに増加している 等、将来的に明るい傾向がみられるということであります。
 以上のとおり、私自身も希望をもっておりますので、今後もう少し詳しく分析して、どうすれば医療関係者に対し、また患者さんに対しハイパーサーミアというものを増やして ゆく手がかりになるかと思い、今回の各データーを見ていただきました。

謝辞:本稿作成に当たり資料収集、講演のテープ起しなどについてNPO法人さきがけ技術振興会高島修一事務局長にご協力いただきました。

(第14回高温度療法臨床研究会 平成18年3月4日(土)アピオ大阪における講演「温 熱療法の医療社会学的研究序説」に加筆訂正を加えたものである。)