2005.5.20

 

藤竹 信英

(編集:菅原 努)

 

37.頼光と四天王の鬼退治(貳)羅城門の鬼

 

 

 芥川龍之介の名作、『羅生門』は、その楼閣のうえに住む盗賊のいきざまを描くことで、平安時代の世相を見事に描きだしているが、この羅生門は、羅城門というのが正式の名称である。羅城に設けられた門という意味で、羅城とは大きな城の城壁のことである。だから「羅城門」は固有名詞ではない。洛陽の正門は、北魏では宣陽門といい、随・唐では定鼎門と名付けられた。長安の正門は明徳門と呼ばれた。

 それに較べて、日本都城の正門には固有の名前は付けられなかった。それはともかく、羅城門は平安京では正門の役割を果たしたのである。ただし平安京羅城門の位置は、正確には決定していない。今は住宅の密集地で、発掘調査ができないからである。

 正門だということは、ここを外へ出れば、そこはもう、外界・異界だということである。どんな事態が起こるか想像もできない。その接点の羅城門は鬼が出る場所とも認識されるのは当然であろう。現在、この羅城門跡に程近い真言密教の東寺の寺宝に、八世紀の唐代の作といわれる、「兜跋(とばつ)毘沙門天立像」がある。「兜跋」とは、「吐番(とばん)(チベット)」につながり、シルクロ−ドの要衝であったキジルが吐蕃によって攻められた時、密教僧であった不空が祈祷をすると、城の北門に毘沙門天が出現して吐蕃を撃退したいう故事に基づいた像とされる。この像は日本に伝来すると、平安京の羅城門の上に安置された。中国の故事にちなんで、外敵追放を祈ってのことと考えられる。それが奇しくも東寺の寺宝になったのは、羅城門が倒壊したため、毘沙門天だけが東寺に移されたからであろう。

 さて、ある春雨のしとつく夜のことである。源頼光とその四天王たちが、彼の屋敷に集まって酒を酌み交わしていた。例によって、この日も藤原保昌が席に加わっていた。

 彼らが大江山の鬼を退治して以来、都は平穏であった。ここしばらく春の長雨で、いっこうに晴れ間も見えぬ。そこで頼光がいささかの無聊を慰めるため四天王たちをねぎらうことにしたのである。「近ごろ、都になにかかわりはないか」、話がすこし途切れた時、頼光が口を挟んだ。保昌が答えた。「このごろ、おかしなことを申しております。九条の羅城門に鬼が棲みついているとの話です」。鬼と聞いて渡辺綱はだまってはいない。「これ保昌、おかしなことを言うでないぞ。そもそも、羅城門はこの都の正門ではないか。土も木もすべては我らが大君の国であろう。どこに鬼のすみかが定められるものか。たとえ鬼が棲もうとしても、棲ますはずもないではないか。なんとうかつな申されようよ」。言葉をあげつらわれた保昌はいきり立った。「それでは、それがしがうそを申したと言われるのか。このことは世間に隠れもないことでござるぞ。まこと不審があれば、今夜にでも羅城門におでかけ召されよ」。「さては、それがしが行くまいと思っておられるのだな。それなら今夜、門に行って本当かうそか見てくることにいたそう。しるしを頂戴したい」。こう言って立ちあがる綱を、一同はおしとどめようとしたが、綱は、彼らに向かって言う。「いや、保昌に対して野心はござらぬ。一つは君の御為なればこそ。そのしるしをいただこうと申したのだ」。この言葉を聞いた頼光は、金札を取り出して綱に与えたのである。「いかにも綱が申すように、一つは君の御為なればこそ。このしるしを立てて帰るがよかろうぞ」。頼光からしるしの「金札」を受領した綱は、鬼を退治せずに二度と人の顔を見るまいと悲壮な決心をして、その場をひきとったのである。

 さて、こうして渡辺綱は、ほんの仮初(かりそめ)の口論から鬼神の姿を見なければならない羽目になり、物具取って肩に懸け、鎧の縅(おどし)糸と同じ色の錣(しころ)を付けた兜を着用し、祖先伝来の太刀を佩き、たけの高き馬にうち乗って、口取りの従者(とも)も連れずに唯一騎、二条大宮を南に向けて進んだ。春雨の音も頻りに更けた夜も、いつか鐘の音の聞える暁に近く、綱は東寺の門前をうち過ぎて、ようやく九条おもてにうって出て、羅城門に到着した。おりあしく物すざましく雨が落ちる中で、俄に吹き狂う風の轟音に、乗馬はただ屹立して、高くいななき身ぶるいをするだけの有様であった。たちまち、綱は、馬を乗り放って、ひとり羅城門の石檀にあがるならば、さっとしるしの金札を取りいだし、檀上にしっかりと立て置きて、さて、帰らんとするその瞬間、「むんず」、と後より兜の錣(しころ)をつかんで引き留められた。すはや、鬼神と、太刀を抜き放って斬らんとすれば、鬼のつかみし兜の緒がひきちぎれ、思わず綱は壇上より飛びおりる。鬼は怒りをなして、持っていた兜をかっぱと投げ捨て、綱をにらんで立ちはだかる。その背丈は、中国の都城の高門の軒と等しく、両眼は月と日の如くらんらんと輝いている。綱は少しも騒がず、太刀をかざして叫んだ。「大君の国を犯す、その天罰を知らぬのか。逃がすまいぞ」。斬りかかる綱を、鬼は鉄杖を振り上げて、えいやとばかり打ってくる。綱は飛びちがいざまに斬ろうとすると、鬼は腕を振りかざして組みついてきたが、その瞬間、鬼の伸ばした手を、綱は太刀を振るって斬り落としてしまった。「時節を待って、また取り返しに来るぞ」、と呼ばわる鬼の声がいんいんと闇にひびき渡る。

 かくして、渡辺綱の名はますます高くなるばかりであった。