1999.06.07
健康指標プロジェクト
 

 健康指標アゴラ(ニュースと意見発表の広場)

健康効果指標プロジェクトへの期待と不安
山岸秀夫
(財)体質研究会 健康指標プロジェクト主査
 
 

 本プロジェクトはイメリタスクラブ創立10周年記念事業として平成10年9月2日に開催された座談会 "智恵のリサイクルを目指して" がきっかけとなり、財団法人成研会の御賛同を得て、財団法人体質研究会の事業として1998年11月に発足し、1期3年とし第1期を2001年3月までに設定した。座談会の内容は "環境と健康"11巻5号に収録されている。本プロジェクトの題名は菅原先生の発案であり、その趣旨は "環境と健康"12巻1号に述べられている。その題名の由来となったキーワードを座談会記録から拾ってみると、原子力と遺伝子力、スポーツと食物、西洋医学と東洋医学、分析と総合、無駄 と効用(無用の用)、すこやか長寿学、ヤングパワーのフィードバック(若手との交流)、クリエイティブ老人パワーなどあげられる。プロジェクトの題名はちょっと長すぎるので、略称を健康効果 指標、さらに短縮して健康指標としている。この略称は菅原先生に諮問されて私が提案したものだが、題名の前半の意図が反映されてない恨みがある。実際、新しいコンセプトとして要素非還元主義を持ちこんだにもかかわらず、略称では切り捨てられて、ありきたりの題になってしまっている。

 以下略称に関する弁解を述べる。このプロジェクトの目的は、クリエイティブ老人パワーのすこやか長寿学である。そのためには何よりも健康が第1である。特に60代の活動を減退させるような病気を予防し、活力を70代までつなげることが出来れば、定年制をなくし、年金受給開始年齢を引き上げることにより、一挙に21世紀の年金問題も解決することが出来る。病気の予防には心身医学的なものから身体的なものまである。いつまでも新しいものを知ることを喜び、おいしいものを食べ、スポーツを楽しむことが出来るのが理想である。そのためにいろいろの健康食品や健康法が提唱されている。そこでこれらの健康効果 を正しく評価し得る指標を持つことが求められている。正しい指標にもとずいて健康効果 が確認された場合に、次にその健康効果がどのような機構によってもたらされるのかの解析がなされる。この解析には、西洋医学の要素還元主義の手法の他に、システムとシステムを因果 関係で結びつける新しい複雑系の科学、非要素還元主義のコンセプトに基づく手法の開発が期待される。分析的手法と総合的手法の相互補完である。以上の次第で略称に研究目的だけを残し研究方法を遠慮した。このプロジェクトの延長上に21世紀の豊かな資源としての原子力と遺伝子力活用の夢があるとでも言えよう。

 ところで実際の運営は、8人で構成される委員会にゆだねられている。本年は春と夏の休みを除くほぼ毎月、例会を企画し、若い現役の人との交流の場を開いている。講演記録は毎回 "環境と健康"に掲載している。例会の前に毎回委員会を開催している。現在、健康食品としての乳酸菌製品の健康効果 指標の評価を目指した計画研究4件を実施すると共に、癌免疫抑制因子に関する公募研究一件に研究助成金を出している。

 しかし、果たして期待どうりプロジェクトが進行してくれるかどうか大変不安である。例会には分子から心まで、解析的手法から総合的手法まで何でもありで、その演題から本プロジェクトの題名を想像するのはほぼ不可能であろう。当分はこのような試行をしばらく重ねるより仕方がないと思っている。その先でもう一度期待を検証してみたい。新しいコンセプトの創出があるのかそれとも空中分解を遂げるのか、大変複雑な心境である。第1回例会で本プロジェクトの代表として菅原努先生が "新研究プロジェクトのめざすもの"と題して講演された。その中で昨年10月、P. Nurse, L. Hartwellと共にUnderstanding the cell cycleの業績で米国医学会ラスカー賞を受賞された増井禎夫博士(京大・理・動物学科出身、甲南大助手、助教授の後、トロント大学教授)のNature Medicine 4, 1104~1105 (1998)に掲載された受賞講演論文をOHPで紹介された。そこには "細胞周期を理解するのに、関連する遺伝子を全部洗い出す方法もあろうがすぐに壁に突き当たるだろう。分子と細胞の動きの正確な評価に根ざした数学モデルを用いて複雑系を理解する新しいアプローチが要求されている。" とあった。増井博士はこの度、神戸で開かれた日本動物発生生物学会に招待されて来日され、5月25日に母校動物学教室で、超満員の学生に囲まれて "発生生物学における矛盾"と題して講演された。講演の中で、自らの体験を踏まえて "生物のような複雑系は時間と空間の関数として存在している。優れた論文の成果 を追試すれば、必ず二つのデータの間に矛盾が生ずる。その矛盾を解決する中から、時間と空間の中に躍動する生物系の新しい発見がある"と謙虚に総括された。本プロジェクトも例会を重ね、これまでの成果 の中から問題点を見つけ、新しいアプローチを試みることが出来ればと念じている。

(イメリタスクラブPR誌「百万遍通信」No.61 掲載記事より)