2003.11.21
 

 平成15年健康指標プロジェクト講演会要旨

第45回例会
(12月20日(土) 14:00〜17:00、京大会館102号室)

オーダーメイドによる抗癌剤治療
- より多くからより長くへのパラダイムシフト -

高橋 豊
(金沢大学がん研究所腫瘍外科)
 



 現在の抗癌剤治療は、「縮小なくして延命無し」のコンセプトに従い、できるだけ多くの量を投与して、できるだけ癌を小さくし、それによって延命を得ようとするものです。ここで問題なのは、1.継続を無視している。2.治療に指標がない。3.個人差を無視しているの3点があげられます。

 1.延命は、癌をどれだけ多くの細胞を殺したり抑えたりするかと、そういった効果がどれだけ長く続くかの2つの因子が大きく影響します。しかし、現在はどれだけ多く殺せるかのみを考えた治療であり、人が死なない限界の量を投与しても、20-30%の患者さんに半分程度小さくするのがやっとという結果です。しかも、癌は倍、倍と増加してゆくため、半分に小さくするという意味は、かなり小さいものに過ぎません(通常の一次関数なら達成率50%ですが、指数関数では僅か2-3%です)。私は、後者のどれだけ効果が継続するかの重要性を数学的に証明し、「縮小なき延命」という概念を医学界に発表し、これを基に「がん休眠療法」を提唱してきました。つまり、癌の増殖を抑えることも効果と考え、それをできるだけ長く継続させることによって、延命を得ようとする戦略です。

 2.通常、安全域の狭い薬剤では指標が不可欠です。例えば、インシュリンは投与量が決まっているわけではなく、血糖値を見ながら投与量を調節します。抗癌剤は言うまでもなく、安全域が狭い薬剤であるにもかかわらず、指標がありません。お酒を飲んだことがない若者に、いきなりウィスキーのボトルを飲ませるようなものです。では、抗癌剤治療の指標は何かと申しますと、それは副作用なのです。なぜかと申しますと、抗癌剤とは増殖する細胞のすべてを障害する薬剤であり、癌細胞、正常細胞の区別はありません。つまり、機序は同じであり、癌細胞に対する障害作用を効果と呼び、正常細胞に対する障害作用を副作用と呼んでいるにすぎません。しかも、多くの副作用は、効果よりも確実に、より早期に、より重篤に発現します。これを逆利用すれば、副作用自体が投与量の指標になることを意味しています。

 3. 抗癌剤が人に投与されると、代謝酵素によって分解されます。分解酵素が多いほど、体から速やかに消失します。これは、最近の遺伝子学の進歩から、人それぞれで僅かに異なる遺伝子の配列(遺伝子多型)によって決まることが判明しました。薬剤によって異なりますが、五倍から五十倍個人差があるとされています。このことは、アルコールとまったく同じです。アルコールが強いかどうかは、体格ではなく、分解酵素の多寡によることは衆知の事実です。ところで、このように抗癌剤の適量が個々で異なることが遺伝子学的に明らかにされているにもかかわらず、現在の投与量は僅か十から十五人程度の患者さんから決定されたものです。これでは、予想よりも重篤な毒性が出ることは当然と言わざるを得ません。

 以上の3つの問題点を解決するため、私は「継続できる最大の副作用を指標として、一人ひとりで適量を求める」という方法を考案し、これを臨床応用しています。胃癌、膵癌の検討から、適量は個々で2倍以上異なる、適量が低い患者と高い患者で効果に差がない、副作用は当然ながらかなり減少する、長く継続できてその結果として延命期間が延長する、医療費が下がるなど多くの利点を見出しています。これらの結果を、臨床試験で確認、証明するため、現在種々の癌で企画しています。胃癌では、すでに開始しました。膵癌、悪性黒色腫では準備中であります。

 抗癌剤治療には、苦しい、恐いなどの悪いイメージがあります。そのため、折角の治療機会を放棄し、効果がはっきりしない代替療法、民間療法に逃げてしまう患者さんが多いのが現実です。しかし、抗癌剤治療の悪いイメージは抗癌剤自体のせいではなく、「量の設定法」にあるのです。つまり、「量の設定法」を改革すれば、抗癌剤治療のイメージが一変します。すなわち、より優しい治療でより長い延命が得られるという、抗癌剤治療の大革命を達成できるものと信じています。

参考
1.がん休眠療法、高橋 豊著、講談社+α新書 (2001年9月)
2.文芸春秋特別号 大養生「百歳人生の健康読本」(2003年7月) 
 がん休眠療法 消滅から平和共存への戦略転換
3.朝日新聞科学欄「直言」(2003年8月20日)
 患者にあった抗がん剤治療
4.NHKきょうの健康11月号 (2003年10月)
 がんの休眠療法
5.ホームページ「がん休眠療法」
 http://homepage.mac.com/dormancy/

 

 
 

 

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