ルネッサンス京都21「五感とこころ」シリーズ

味覚が与えてくれる安らぎの暮らし」の案内

オフィスエム ¥1300+税 2007年11月17日発行 ISBN978-4-900918-89-4

食に寄せられるこころと「味わい」

山岸秀夫財団法人体質研究会主任研究員、京都大学名誉教授(分子生物学、免疫学)

本書は毎年1回開催される、市民公開講座「京都健康フォーラム」の2005年度の成果を反映した「五感シリーズ第2集(味覚)」で、第1集(嗅覚)1)から引き継ぐものである。5人の著者が、?京都の年中行事に生かされている旬の味、?京料理の季節感、?コミュニケーションの場としての食文化、?飽食時代に必要な食の常識、?和食の穏やかな味覚効果など、それぞれを主題として執筆している。

「いのちの科学を語るシリーズ第4集」(東方出版、近刊)では、ヒト属と近縁のチンパンジーとの共通祖先の社会の復元が試みられている。同じ著者による「人間性はどこから来たか」2、3)によれば、約500万年前のヒトの共通祖先は、閉ざされた熱帯雨林ではなく、潅木サバンナによって区切られ断片化した森林にいたようである。森林の採食地から採食地へと二足歩行で移動する過程で、ヤムイモのような多量の植物の地下資源に気付き、採取するための道具を発見し、やがて火の使用によって、チンパンジーの食べない未熟果実も食材として利用するに到る。そして、ほんの1万年前に農耕を始めるに到って、エネルギー源としては十分な食糧を安定して確保するに到った。そこでは農耕の協同作業に支えられた食の文化が語られるコミュニケーションの場が確保されていた。しかし数10年前に始まった、石油という地下資源の大量消費によって、農工業は右肩上がりの経済生長を続け、ひたすら新しい味覚刺激を世界中に求め、食の大量生産、大量消費を引き起こした。その結果として、先進国の人々に飽食の代償として、過労と孤食を強い、生活習慣病と社会不安の危機を迎えている。

本書の随所に、京都の食文化の歴史を見通しながら、単に味覚だけに頼らない、色合い、香り、雰囲気、舌触りを加味した、穏やかな「味わい」(スローフード)の復権が語られている。人々の疲れた「こころ」を癒してくれるのは、祖先の本能的感覚としての五感の中の「味覚」なのである。

平成19年12月22日

文献

1)中井吉英、大東 肇 編:香りでこころとからだを快的に、オフィスエム(2007)

2)西田利貞:人間性はどこから来たか−サル学からのアプローチ、京大出版会学術選書(2007)

3)山岸秀夫:本誌 20、596(2007)

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