ルネッサンス京都21「五感とこころ」シリーズ

「香りでこころとからだを快適に」の案内

オフィスエム ¥1400+税 2007年2月22日発行 ISBN978-4-900918-83-2

大学と社会から漂う文理融合の寄り合いの香り

山岸秀夫:財団法人体質研究会主任研究員、京都大学名誉教授(分子生物学、免疫学)

2000年に始まった「健康指標」プロジェクトでは、大学から市民への発信に重点を置いた月例会の他に、一般社会人にも関心のある身近な問題を積極的に取り上げた市民公開講座「京都健康フォーラム」を別動隊として立ち上げ、2003年まで4回にわたって「食」や「痛み」を取り上げ、それぞれ昭和堂より出版したが、どうしても研究者からの一方的発信のきらいがあった1〜3)。そこで2004年に始まった「いのちの科学プロジェクト」の「京都健康フォーラム」では、誰でも体験する「五感」を取り上げて、市民と共にその復権を図り、フォーラムの成果を「ルネッサンス京都21 五感シリーズ」として逐次出版することになった。今回の出版はその第1集であって、最も本能的な感覚とされる「嗅覚」を取り上げている。数億年前に遡る中生代では、恐竜の跋扈する昼間の世界を避けて、深い暗い森の中で生き延びた、夜行性の貧弱な哺乳類の主要な環境センサーは聴覚と嗅覚であった4,5)。今や光と音の現代文明で地球を独占した人類といえども、その疲れた「こころ」を癒してくれるのは、祖先の本能的感覚としての「香り」なのである。

全5篇の内、最初の2篇では、香りを日常生活に生かした「お茶」の楽しみと、芸術にまで高められた「香道」への歩みが語られている。第1編は一保堂の渡辺 都さん、第2編は松栄堂の畑 正高さんが執筆している。フォーラム当日会場の外では、展示された茶葉の香りが漂い、茶葉から淹れられた「お茶」の口の中で広がる香りの余韻を味わって楽しんだ。また会場内では、「お香」が焚かれていて、時代が中世に引き戻されたようであった。

先日、「いのちの科学を語る」シリ−ズ第5集「(仮)いのちの医療」の最終回インタビューで、本書の編者である中井先生の教授室(関西医科大学)のドアを開けた瞬間、なんとも言えない懐かしい香りが漂ってきた。先生はお好みのお香(沈香)を焚いて迎えてくださったのである。昨年の急性心筋梗塞からの生還以来、毎朝目を覚ますと、体重、体温を測定し、匂い袋の香りでリラックスしながら、リハビリのストレッチ体操を日課としてきたからであろうか。匂い袋は、本庶佑教授の京大医学部退職記念に頂いたものがご縁で、本書47ページ掲載の古今和歌集の一首に因んだ「誰か袖」(松栄堂)である。

第3篇以降は、一転して健康を主題とした理系の世界である。第3篇では実際にアロマテラピー学会で活躍されている今西二郎さんが、芳香植物の成分分析とそれぞれの薬理作用を解説されている。実際に、神経系、内分泌系、免疫系の3者の相互作用からなるホメオスタシス(体内恒常性)のバランスを乱すものとしてストレスを捉え、過度のストレスによって引き起こされる鬱病などに対して、人の深層心理の悩みを緩和する各種芳香成分が見なおされている。複雑系としての人体の病には、因果関係の証拠に基づく医学(EBM、Evidence Based Medicine)から取り残されているものがまだ多くある。芳香成分を医療に利用するアロマセラピーの臨床試験に関する科学的根拠はまだ不十分であるとはいえ、EBM医学を主体とした補完・代替医療としてのアロマセラピーの実践を勧めている。第4篇では、産業界から見た「森林浴」の科学を、花王(株)研究所の矢田幸博さんが解説している。その一例として、ヒマラヤ杉の芳香成分として抽出され、商品化されたセドロールを取り上げ、鎮静作用の臨床評価が紹介されている。最終篇は、いわば文理融合の総集編であって、メディカルハーブ広報センター会長で、米国籍をお持ちの国際人である横山三男さんが、故郷の柳川にも、古都京都にも共通する魅力として、忙しい現代人には非日常となった「五感の甦り」を数々のエピソードを交えて語っている。最後に、断続したデジタル情報でなく、「川の流れのように」心に安らぎを与える「花の香り」「みどりの香り」を愛でている。

Books談義4で取り上げる「いのちの科学を語る」シリーズ第3集、「虫と草木のネットワーク」でも、「匂い」で連なる虫と植物のシグナル系として「みどりの香り」が語られている6)

平成19年3月3日

文献

1)大東 肇 他 編:食と生活習慣病ー予防医学に向けた最新の展開、昭和堂(2003)

2)宮沢正顕、大東 肇 編:栄養と生態応答―遺伝子と免疫の視点から、昭和堂(2004)

3)中井吉英 編:慢性痛はどこまで解明されたかー臨床・基礎医学から痛みへのアプローチ、昭和堂(2005)

4)S. オオノ(山岸秀夫、梁永弘 訳):遺伝子重複による進化、岩波書店(1977)

5)山岸秀夫:生命と遺伝子ー宇宙船地球劇場の生命の物語、裳華房、第4版(2005)

6)高林純示:虫と草木のネットワーク、東方出版(2007)

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