第27回『いのち科学』例会 レジメ  

殺虫剤から見た生物学

近畿大学農学部・応用生命化学科・教授

松田 一彦

 最近とみに、殺虫剤の残留による食品の汚染が話題に上ることが多いが、これまで殺虫剤が食料生産と衛生環境の維持に対して果たしてきた貢献は計り知れない。とくに、散布後、迅速に効果を発揮する神経作用性殺虫剤は、害虫による農作物の被害や吸血昆虫による病気の蔓延を最小限に食い止めることができるため、多用されてきた。神経系は脊椎動物・昆虫に限らず必須の生物システムであるため、神経作用性殺虫剤に高度な選択性を期待するのは難しいと感じるかもしれない。しかし実際には、受容体レベルで高度な選択性を発揮する化合物が世に送り出されている。

 どのような分野でもそうであるが、詳しく研究していくと、最終的には生物(自然)の妙を知ることになる。今回、神経殺虫剤の研究を通じて筆者がそのように感じた例を、2つ紹介したい。イミダクロプリドをはじめとするネオニコチノイド系化合物は、昆虫のニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)に対して選択的に作用し、殺虫効果を発揮する。演者らはネオニコチノイドの選択的な活性発現機構について研究し、その原因としてはたらく化合物側と受容体側の構造因子を突きとめた。とくに後者に関する研究からは、昆虫のnAChRに特有の現象や分子進化を学ぶことになった。

 もう一つの話題は、ピレトリンに関するものである。ピレトリンは除虫菊に含まれる殺虫成分であり、その合成アナログであるピレスロイドは家庭用から農業用まで広く用いられている。ピレスロイドの化学や作用機構については相当理解が進んでいるものの、ピレトリンが除虫菊の中でどのようにつくられるのか、ほとんどわかっていなかった。そこで、ピレトリンの生合成とその制御について調べたところ、化合物にほどこされている面白い仕掛けが少しずつ明らかになってきた。

 このように、殺虫剤をケミカルツールとして用いることにより生物の姿を知ることができる。その姿は、単に興味を誘発するだけではなく、応用への道筋も示してくれる。

     

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