2000.3.1

 

  16. 脳は老化するか
 

 

 年をとると身体のいろんな機能が衰えてくる。年配の方はこのことを身を持って体験しておられるであろうし、体力検査でもまた種々の医学的検査の結果もそのことを示している。これでは老年というのは全く哀れなものである。しかし、ここに高令者を勇気づける二つの事実がある。まずヒトの身体は十分な余裕を持って作られているということである。従って若い時にはあり余る程の余裕があったが、その余裕が年をとると少なくなったということである。だから無理はきかない。しかし、それさえ気をつければ一通りの機能は十分残っている。

 このようにからだのいろんな働きが老化と共に衰えるとして、では脳はどうであろうか。この頃物忘れがひどくなり、人の名前がなかなか出てこない。ああ私も年をとった。また専門家によると脳では毎日何万という細胞が死んでおり、神経細胞は全く再生しないという。最近これに対していろんな方面から検討のメスが加えられている。先ず生理的機能として神経を興奮が伝わる早さを調べると、年令と共に遅くなるが、心拍出量や肺活量などのほかの生理作用に比べておとろえ方が一番ゆるやかである。神経細胞は確かに年と共に減るが部位によって異なり、生命維持に関係の深い脳幹という部位では減数は軽度である。老人では神経細胞の数は減るけれどもその働きに必要な樹状突起は若い人よりはかえってふえている。この樹状突起が神経細胞と神経細胞をつないでネットワークを形成しており、コンピュータでいえばより高度化していることになる。最近神経細胞の減少は今まで考えられていた程大きくないとか、記憶に関係する海馬という脳の領域では刺激があれば細胞は分裂増加するといった報告もある。この点は今後の研究の発展に注目したい。

 医療でよく使われるX線CTやMRI(核磁気画像)によると脳の状態が手にとるように分かるが、これによると老化による脳の変化は極めてバラツキが大きい。男女とも30才前後で脳の充実度が最高になり、その後6、70才で、30%近く脳の実質の消失するものから、7、80才になっても30才代と大差のない充実度を示すものまである。すなわちうまく使えば脳はほとんど萎縮しないですむ。

 最後にこれを知能という点でみれば如何であろうか。物忘れとか急な動作、判断が出来ないというのは流動性知能といって、これは確かに衰える。しかし、経験や学習を反映し総合的に物を考えていく結晶性知能は老人でもよく保たれている。いや年と共になお向上すると主張する学者もあり、正にこれが英知と言うべきものである。英知をのばし社会に貢献することに希望を持とうではないか。

 

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